名選手の死で浮上した道交法改正問題 深刻なイタリアの自転車事情

2017.5.7 06:00

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 4月22日、高校生の息子ががっくりした表情で下校した。サイクリストであるミケーレ・スカルポーニの事故死を帰宅途中にスマホを見て知ったらしい。

 スカルポーニはジーロ・ディタリアの優勝チームメンバーで人気があったが、自宅から自転車の練習に出かける際、交差点でトラックに轢かれたのだ。運転手の前方不注意とされる。ことのあっけなさに、毎年、ジーロ・ディタリアとトゥール・ドゥ・フランスに夢中になる自転車好きの息子は心を暗くした。

 スカルポーニの死を惜しむ声が各メディアに流れるとともに、イタリアの道路交通法の改正問題が浮上してきた。

 イタリアでは年間、1.4百万台の自動車が販売されている。他方、1.6百万が自転車の販売台数だ。世界の何処の街とも同じように、イタリアでも自転車利用者の増加は目立っている。もともとスポーツとして自転車は人気であるが、日常生活での利用も増えてきた。

 環境問題から街の中心地への一般の自動車の進入が制限され、規制のかからない路上駐車の場所も少なくなりつつある。同時にバイクシェアリングや自転車専用レーンも増えている。自転車が社会インフラのなかに公式に組み込まれてきた。

 しかし、自転車の事故は必ずしも期待通りに減少していない、との批判的な意見がある。2001年に366人の死亡者数、2015年は251人。怪我人の数は2015年だけで1.6万人。

 ミラノの街中を自転車で走り回っている人間として、この数字はあまりに現実味がある。

 どこに現実味があって怖いか?

 多くの自転車の事故は、自動車が自転車を追い抜く時の接触事故である。即ち、道の幅が問題になる。「道路の文化的な幅」である。

 本来の物理的な道幅は十分にある。しかし、一歩通行の道であっても両側に縦列駐車されていることが少なくない。

 前述したように「規制のかからない路上駐車」は減った。勝手にどこでも好きに駐車できるスペースが減り、周辺住人による路上駐車可能な車両登録や有料路上駐車のシステムが整備された、ということである。

 自動車と自転車が安全に並行して走るに相応しい幅が確保されたわけではない。

 しかも車を縦列駐車した後、ミラーで後方確認せずに突然にドアを開けるドライバーが減っているか?と言えば、そうではない気がする。それも自宅のガレージに車を止めた時のようにポーンとドアを開ける輩が少なくない。特に暖かくなると、そういうシーンに遭遇する。 

 よって縦列駐車された車の運転席に人影が見えるかどうか。これに目を凝らしながらペダルをこぐ羽目になる。

 一方、ドライバーは運転中にスマホで通話やメッセージに励み、注意散漫になっているケースが相変わらず多い。そういう信用ならぬ車との接触を避けようとの自衛本能が働ければ、路上駐車側に寄る。同時に、突然に開くドアにも気を配る。

 そして歩道を走れば警官や歩行者に注意される。八方ふさがりだ。

 スカルポーニの事故死をきっかけに表舞台にたった道路交通法のテーマは、イタリアには自動車は自転車と1.5メートルの距離をとる、ということが明記されていない、という点だ。

 したがってこの法規が整備されれば、ドライバーは1.5メートルの距離を確保できないと判断したら、前を走る速度の遅い自転車を追い越せない。

 欧州他国の道路交通法では1.5メートルの確保をとるようにドライバーに義務が課され、それへの注意を喚起する標識が設定されている国があるにも関わらず、「我が国は自転車乗りへの安全が確保されていない」とイタリアでは議論している。

 自転車専用レーンもとぎれとぎれになっている箇所が多く、必ずしも安心して走れる環境が整っているとは言えない。そしてジョギングコースに使う人も少なくない。ランナーは歩行者を後ろから驚かしたくないし、何よりも自分のリズムが狂うのを嫌がる。そこで自転車専用レーンを選ぶ。

 1.5メートルに集約される文化的問題は、殊のほか、大きい。(安西洋之)【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)とフェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

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