【視点】高高度核爆発が日本を襲うとどうなる? 「電磁パルス」攻撃の脅威

2017.5.2 06:23

 □産経新聞論説委員・榊原智

 核兵器・弾道ミサイル戦力の保有を諦めない北朝鮮をめぐり、緊迫した情勢が続いている。隣国である日本は北の核・ミサイルに備えなければならないが、それには意外な形の脅威も含まれる。

 その一つかもしれないのが、核兵器を高さ30キロメートルから数百キロメートルもの高高度(高層大気圏)で爆発させておこす「電磁パルス(EMP)攻撃」だ。

 原爆や水爆について、日本人は1945年の広島、長崎の惨禍を連想する。広島では上空600メートル、長崎は上空500メートル付近で原爆が爆発した。核爆発で生じるとてつもない熱線、爆風が大きな被害をもたらす。放射線による被害も伴う。

 一方、EMP攻撃は核爆発の現場があまりに高高度であるため、熱線、爆風、放射線で直接死傷する人は出ない。

 にもかかわらず、高高度核爆発によるEMP攻撃にさらされた国家の文明社会は崩壊する恐れがある。日本なら、何千万人もが餓死に追い込まれるかもしれない。

 核爆発で強力なEMPが生じる。現場が高高度なら、下方の極めて広い領域にわたって、対策を施していない電子機器・電子回路に過剰な電流が流れる。電子機器・回路は破壊されたり、誤作動したりする。

 この現象は原爆開発時から予想されていたが、50年代の核実験競争を通じて米ソ両国が確認した。他の核保有国や北朝鮮はこの現象を把握している。

 広島市国民保護協議会専門部会の報告書(2007年)は、米国中央部のオマハ上空500キロメートルで核爆発があれば「(米)国中の送信機器、送電システム、コンピューター、レーダーなどが、落雷の100万倍ともいわれる急激な電圧上昇に直撃されて機能不全に陥る」と指摘する。

 防衛省防衛研究所の研究〈一政祐行主任研究官「ブラックアウト事態に至る電磁パルス(EMP)脅威の諸相とその展望」/『防衛研究所紀要』16年2月号〉は、EMP攻撃が「広域にあらゆる電力・通信インフラが不可逆的にダウンしていく大停電現象」の「ブラックアウト事態」を招くと予想する。

 国中の発電所や送電網が機能不全となる。現代の輸送車両、通信機器で電子機器・回路なしで動くものはまずない。輸送網と通信網は止まり、電力、飲料水、燃料の供給も止まり、商取引は麻痺する。日本でいえば明治初期や江戸時代のインフラ状況に戻ることになる。社会システム崩壊によって、飢えが襲うだろう。

 高層大気圏でたった一発の核兵器が爆発すれば、米国のような大陸規模の国家も社会が崩壊するような危機に見舞われる。

 独裁者が核弾頭を搭載した弾道ミサイルを使って、高高度核爆発によるEMP攻撃の誘惑にかられることはないのか。国家でなくても、国際テロ組織が気球や航空機で同様の攻撃、奇襲を試みたらどうなるか。

 国会で、高高度核爆発によるEMP攻撃に警鐘を鳴らした国会議員は過去1人しかいない。衆院議員当時の小池百合子東京都知事である。

 小池氏は「北朝鮮の核開発が注目されるが、EMP爆弾というものがある。電磁パルスが日本を襲ったときにどうなるか。金融機関とか交通、あらゆる社会的なシステムが停止する。どれくらいの被害を想定し、いつまでに政府としてどこが中心になって何をやるのか」(10年1月22日、衆院予算委)と、当時の民主党政権にただした。

 これに対するはかばかしい答弁はなかった。今に至るまで、政府は脅威かどうかの本格的な検証をしていないと思われる。

 核爆発による直接的な死傷者以上の「メガデス」を招きかねないのなら、EMP攻撃は核抑止の対象だと日米両政府は明確にすべきだ。弾道ミサイルや航空機が高高度に達する前に迎撃する能力も欠かせない。

 ただ、政府には防衛省・自衛隊にとどまらない取り組みが求められる。電子機器・回路にはEMP対策として技術的に防護を施せるという。政府は被害想定を見積もり、国民を守るために必要との判断に至れば、経済対策にもなると割り切って防護策に乗り出すべきではないだろうか。

閉じる