平成の姥捨て山… 「杉並区の特養ホーム」で論争激化 なぜ南伊豆につくるのか

2017.5.27 16:10

 ■南伊豆の住民の声「外から来る人に抵抗感」

 杉並区が約200キロ(クルマで3時間半から5時間)離れた南伊豆につくっている特別養護老人ホーム(特養)が、家族との関係を断絶する「姥捨行為」にならないかという論争が勃発した。ネット上では賛否が激突し、双方の意見が、私たち日本人の老後観を浮き彫りにしているようにもみえる。主な論点は2つ。都内にあふれる特養待機者問題を解決するために有効な手段なのかどうか。そして、南伊豆が入所者にとって本当に魅力的な場所かどうかだ。

 まず、第1の問題である。以前からこの問題に取り組んできた杉並区議会議員の堀部康氏はこう解説する。

 「東京都青梅市や埼玉県など、杉並から日帰り可能な距離の特養に定員割れが発生するようになっています。西多摩の事業者が『営業しないと(特養の)入所者数を維持できない』といった報道もありましたが、こうした空き情報が共有されていないのです。この現象の背景には法改正だけでなく、他の民間施設の充実や介護従事者不足といった要因もあるようですが、こちらの課題解決が先です。県境を2つも越えなくてはいけない静岡県に区の補助で特養をつくる必然性はありません」

 次に、第2の問題である。特養の入所要件である要介護3(認知症が進んでいる、自力で起き上がれないなど)以上の高齢者に、南伊豆に住みたいという「本人の意思」が確認できるのかという問題は横に置くとしても、居住地域から遠く離れた特養建設は、過去に大失敗した「山形県舟形町特養構想撤回事案」があることがわかっている。

 杉並区から約400キロ離れた舟形町は、「都会の問題と地方の問題を一気に解決でき、お互いウィン・ウィンの関係となる」(2013年・舟形町資料より)と考え、東京の特養待機者を移住させる構想を実現するべく、関係者が奔走していた。実際に当時の舟形町長と接触した区の担当者はこう振り返る。

 「現在の南伊豆特養との類似点は多かった。具体的には『きれいな空気』『食べ物が良い』『地域経済の活性化』『土地取得に都心では数十億円かかるが、跡地利用でゼロ円』『事前の調査では希望者多数』など。しかし、東京都(23区中)22区に対し『実証事業』と称して募集をかけたものの、実際には6人しか集まらず町長によるトップセールスは不発。計画は白紙撤回になった」

 自然豊かな地方に老後移住したいと憧れを持つ人は多い。しかし、問題となるのはやはりその距離なのだ。13年に実施された厚生労働省の検討会でも「高齢者の移住を促す動きが出ていることに対し、慎重に検討すべきだ」という報告がまとめられ、「不特定多数の入所を期待した施設整備は、高齢者本人の意思に反し地方移住を強いる恐れがある」「住み慣れた地域で暮らし続ける仕組みづくりこそが大切だ」「福祉が公共事業化してしまう」という異論が続出している。

 この杉並区が「ICT(情報通信技術)を含めて距離の問題はカバーできうる」と主張する南伊豆特養の計画に、地元も懐疑的だ。特養計画を推進していた町長が今年4月の南伊豆町長選挙で敗れた。地元の静岡新聞は「村社会なので外から多くの人が入ってくるのに、抵抗感がある住民もいる」という選挙直前の住民の声を紹介している。南伊豆特養の現場を視察し、南伊豆町役場の担当者からヒアリングを実施した伊藤陽平新宿区議はこう語る。

 「南伊豆は、ごはんも美味しくて海も美しく、本当にいい場所でした。役場の担当者も南伊豆の将来を必死で考えていた。担当者は『杉並区のアクティブシニアが定住できるような街づくりをしてから特養をつくるべきだった。順序が本来とは逆』と話していました。こちらが『(杉並区民のための)特養がこちらで定着するには10年ぐらいかかりますか』と尋ねると『そうですね、ただちに杉並区から入所者が現れるとは考えていません』と語っていたのが印象的でした」

 杉並区は、「(南伊豆の特養建設は)選択肢の1つとして進めるもの」で、「50名の入所枠に対して多くの希望者がいる」と自信を見せるが、計画通りには進まない可能性がでてきた。

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