【シリーズ エネルギーを考える】視野広げ客観的で冷静な判断が重要

2017.8.24 05:00

 □国際政治・歴史学者 ロバート・D・エルドリッヂさん

 ■日本の安全保障環境厳しい

 --エルドリッヂさんは2年前まで、在沖縄米軍基地で海兵隊政務外交部次長を務めていました。日米の安全保障を担う最前線におられたわけですが、中国との尖閣諸島問題や北朝鮮問題の深刻化など、日本の安全保障環境が厳しさを増しているといわれている現状をどうみていますか

 「尖閣諸島に関しては、今の状況が続けば確実に中国に奪われるとみています。中国の狙いが尖閣奪取にあるのが明確であるにもかかわらず、それを許している日本にも問題があります。中国を刺激しないというのが、沖縄返還後一貫した日本の姿勢ですが、それによって日本の実効支配が空洞化しているのが現実です。施政権があるにもかかわらず、日本人の上陸を認めないというのも、国際社会から見ればおかしい。最近大幅に増えている尖閣周辺の領海や領空への中国船、中国機の接近・侵入に対し、海上保安庁や航空自衛隊の現場の人たちにだけ、危険な任務と責任を負わせるのは、無責任極まりないと思います。尖閣を取られてから奪回するのは非常に難しく、その前に取られない戦略、政策が必要です。だが、日本は無策です」

 「北朝鮮問題では、日米にとって軍事的な選択肢はなく、対話と抑止しかないと思います。北朝鮮の軍事能力は大幅に向上し、必ず報復できる力を持っており、一番その被害を受けるのが日本です。日本国内には北朝鮮の工作員が潜入しているため、国内テロも想像できます。先制攻撃では自衛権を相手に与えてしまうし、今や相手の報復能力を完全に破壊することはできません。さらに日本が考えなければいけないのは、万一の場合の戦後処理が日本に有利な形になる保証がないということです。つまり、朝鮮半島における中国の影響力が拡大します。尖閣も北朝鮮も、日本にとっては非常に厳しい状況にあるといえます」

 --尖閣を失わないためには、日本は何をすべきですか

 「尖閣問題に関しては、対話がむずかしい。膨張する中国は野心的で、ゼロサムで国際政治を見ています。つまり、損得で見ているわけです。それに対して日本は共生を重んじますが、中国にはそれは通用しません。これまでのような中国を刺激しないための事なかれ主義ではだめです。中国は尖閣を自国の領土にした場合、東シナ海も南シナ海と同じように軍事基地化する考えです。そうなりますと、沖縄から近すぎるため、米軍は沖縄から引かざるを得なくなります。尖閣を取られないためには、行政的にできることを今から実行しておくべきです。まず、公務員を常駐させることが大事で、世界に対して日本の施政権と実効支配を示すことになります。それとともに、気象台、灯台、避難港、ヘリポートを設けるべきです。これらはすべて国際公共財になると同時に、日本の実効支配を示すことになるからです」

 --国民の安全保障意識も問われています

 「日本人の安全保障意識は言われているほど低くはないし、常識的に考えていると思います。自衛隊への支持が高いことが、それをある意味で証明しています。面白いことに地方に行くほど、とくに国境に近い離島に行けば行くほど意識が高くなるのですが、東京に近くなるほど深く考えていないようです。政府がきちんと国民に説明していくべきでしょう。また、日本が尖閣を失うようなことがあれば、日本の領土問題はすべて決着してしまうことになります。北方四島も竹島も、すべて日本にとって不利な形で決着してしまうということを、日本国民は認識すべきだと思います」

 ■透明性高め理解、支持へ

 --国の安全保障にとってエネルギーの確保は重要な問題です。日本では東日本大震災後に原子力発電所のすべてが運転を停止し、今も再稼働が数基にとどまっているため、輸入化石燃料による火力発電が9割程度を占めています。日本のエネルギーの現状をどうみていますか

 「資源小国の日本はエネルギー自給率が先進国の中でも極端に低く、石油やLNG(液化天然ガス)など燃料の海外依存度が高くなっています。それもこれまでは世界一の国との同盟関係を背景に、比較的安く、安定的に調達できました。しかし、問題は同盟国・米国の力が相対的に落ちてきており、最悪の場合は今後、同盟国にも依存できないこともありうるということです。とくに『アメリカ・ファースト』と言っているトランプ大統領とは、一緒の方向に進んでも、とにかく車間距離を十分にとるべきです。国際政治のさまざまな要因によって日米関係が不安定化するのに備え、日本は多様なエネルギーの選択肢を持つべきでしょう。それと、震災の後、省エネ、節電が強く叫ばれ、実行されましたが、いざというときに備える省エネは重要で、もったいない精神でエネルギーを大切に使わないといけないと思っています」

 --震災といえば、エルドリッヂさんは日本初の米軍による災害救済活動である「トモダチ作戦」を立案、実行調整役を務められました

 「私は阪神淡路大震災で被災した経験があります。その原体験から、東日本大震災での一国だけでの救済・復旧は難しいと考え、以前から提言してきた米軍の救済活動を再度提案し、実行しました。日本の場合、どこの地域でも災害が起きる可能性があり、国民の防災意識は高いと思います。しかし、『想定外』といわれたように、想像力を超える部分に追いつかなかったり、柔軟性や横の連携に欠ける部分はあります」

 --震災以降、福島第1原発事故の教訓を受け、全国の原発が津波や地震などの災害に備えた安全対策の強化に取り組んでいます。最近、中部電力の浜岡原発を視察されたそうですが

 「私は地震学の専門家ではありませんが、防災学の見地からすれば、浜岡原発では安心できる対策が施されていると感じました。専門家さえ気づいていない部分を含めて、考えられること以上の対策が講じられており、三重、四重にも補完するチェック機能も網羅されていました。普通は厳しい質問をすると、『検討中』など曖昧な答えでお茶を濁されることが多いのですが、浜岡ではすべて答えてくれ、『想定外』がないのに驚きました。沖縄で勤務していたときは、地元住民との関係は日本政府との関係以上に重要と考えていました。周辺住民に対する透明性を高めるほど理解につながり、理解が進むほど支持になります。地元との関係を最優先すれば、政府も必然的についてきます。だから、周辺住民に対する透明性が一番大切です。その点でも、浜岡の研修センターにある、過去の事故やトラブルとその教訓を開示した『失敗に学ぶ回廊』は、最高の施設だと思います」

 --日本の将来のエネルギー政策については、どうみていますか

 「エネルギー政策には、今後の資源価格や経済への影響、地球温暖化問題での制約、少子高齢化の進展による需要変化など、さまざまな問題が絡んできます。こうした問題を総合的に見て、客観的かつ冷静に判断していく必要があると思います。エネルギー源では私は、太陽光発電や水力、波力といった再生可能エネルギーに期待していますが、今の実力はそこまでに至っていないといわれています。このため、再エネ、原子力、LNG、石炭など多様なエネルギーをバランス良く活用していくことが必要です。安全・防災対策が進んでいる原子力については、安全性を確認して利用しながら、再エネの技術開発に協力するなど、社会還元につながるパートナーであるとの姿勢を示していくことで、国民の理解を得られるのではないかと考えます」(聞き手 神卓己)

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 このシリーズは、毎月第4木曜日に掲載します

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【プロフィル】Robert D.Eldridge

 1968年米国ニュージャージー州生まれ。90年米バージニア州リンチバーグ大学国際関係学部卒業後来日。99年神戸大学大学院法学研究科博士課程後期課程修了、政治学博士。大阪大学大学院准教授などを経て、2009年9月在沖縄米軍海兵隊政務外交部次長。11年の東日本大震災時に、米軍による救済活動「トモダチ作戦」を提案・実行。15年4月同職離任。著書に『沖縄問題の起源』(名古屋大学出版会)、『尖閣問題の起源』(同)、『トモダチ作戦』(集英社)、『オキナワ論』(新潮新書)など多数。

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