年収1000万円以上は、いくら増えても幸せにならない 歴史から知るお金の使い方

2017.11.18 16:10

 「僕が1億円あげると言ったら、キミは受け取りますか?」。SBIホールディングスの北尾吉孝社長は、新卒採用の面接でそう質問することがあるという。その狙いは「お金の使い方を聞くため」。貯めるばかりで、資産を使えない日本人の金銭感覚について、北尾氏に聞いた--。

 正しい志さえあれば、堂々と稼いでもいい

 「僕が1億円あげると言ったら、キミは受け取りますか? それはどういう理由で? 受け取るなら何に使う?」

 新卒採用の面接で、私は学生さんにこう質問することがあります。対する答えはまちまちです。「理由のないお金は受け取れない」と答える学生もいれば、「親に世話をかけたから恩返ししたい」「自己研鑚のために旅行に行きたい」と言う学生もいます。人間性が如実に出るからおもしろいですね。

 なぜ、このような質問をするのか。それはお金を稼ぐことより、どのように使うかというほうが難しいからです。

 そもそも日本人は、お金を稼ぐことに強い執着を持っている人が少ないように感じます。それは、日本人の価値観に東洋思想の影響が残っているからでしょう。たとえば論語の「死生命有り、富貴天に在り」といった思想も影響を与えた1つ。生きるか死ぬかは天命で、金持ちになるか偉くなるかは天の配剤という意味です。

 利益を得る際に本当に正しいかを考える

 自分がお金持ちになりたくてもなれるものではありません。日本人にもこの考え方が浸透しているので、稼ぐことについて欧米に比べて淡白になっているのでしょう。

 もちろん頑張ってお金持ちになろうとする人もいますが、それはそれで構わないと思います。中国古典の中にも「君子財を愛す。之を取るに道あり」という言葉があり、財を築くことに関して悪いとは言っていません。大切なのは、利益を得る際に本当に正しいかを考えることにあります。

 「義利の弁」、つまり義と利をわきまえること。お金を稼ぐとしても、東洋では私利私欲のために稼ぐ人を「野心家」と呼び、世のため人のためを考える「志のある人」とは峻別され、高く評価されません。そこさえ間違えなければ、胸を張って堂々と稼げばいいのです。

 お金と幸福度の関係は、ある程度の収入までは正の相関関係があると言われています。昔から「四百四病より貧の苦しみ」というように、やはり貧乏はつらい。だいたい年収1000万円くらいまでは、少しでも稼ぎを増やすことに関心が向くのは当然だと思います。

 年収1000万円以上は、いくら増えても幸せにならない

 しかし、1000万円のラインを超えてくると、お金が増えても幸せに直結しなくなります。幸せの対象が、お金をどのように使うのかに変化してくるのです。人としての使命を果たして一定の私財ができたら、それを世のため人のために使っていく。こういう考えに、人はより大きな幸福や生きがいを感じるようになっていきます。

 お金を世のため人のために使った人物として、のちのUSスチール創業者のアンドリュー・カーネギーがいます。彼は会社を売却して、様々な公共施設をつくりました。現在、それを真似しているのがビル・ゲイツで、彼は財団をつくって慈善事業に財を投じています。このように、アメリカではキリスト教の奉仕精神が根底にあるせいか、お金持ちがボランティア活動に熱心に取り組んでいます。

 彼らのように一定以上の成功をおさめた人々を見て、世間も成功者を妬むのではなく尊敬し、自分たちもお金儲けをしようという発想になっていくのです。

 それに対して、日本ではどうでしょうか。松下幸之助さんは松下政経塾をつくられましたし、近年では稲盛和夫さんが京都賞をつくられました。歴史を遡れば、数百以上の慈善団体をつくられた渋沢栄一さんもいらっしゃいます。素晴らしい方々がおられる一方で、欧米に比べると数は少ない。日本人は、公のためにお金を使うことをもっと覚えたほうがいいと思います。

 お金の魔力に屈しないためには

 自分で直接、正しいお金の使い方をすることが難しいなら、それができる人に託してもいい。出光興産の創業者、出光佐三さんは、実家が破産した状態から事業を起こそうとしました。そのとき資金を提供してくれたのが、日田重太郎さんという資産家です。

 日田さんは、「俺は事業なんぞに興味はないから、返す必要はない。独立自営の主義を徹底して、親に孝行して兄弟仲良くせよ。このことは他人にも言うな」と言い、自分の別荘を売ってつくったお金を手渡しました。出光さんはそれを元手に会社を設立し、人類の平和や繁栄を目指して経営を行った。日田さん自身が直接事業を行わなくても、人を介して社会に貢献したわけです。

 このように、世のため人のためにお金を使う方法はいくらでも考えられます。ところが、それを知らない人はお金を貯めこむだけ貯めこみ、私利私欲のための無駄な使い方をしてしまいます。お金にケチな人のことを「吝嗇」と言いますが、中国古典では最も軽蔑される人間のタイプです。また、お金を持った途端に人間が変わり、酒池肉林に耽るのも最悪の使い方です。お金の魔力に屈してしまったんですね。

 「利を見ては義を思う」

 本来、お金についてしっかり学んでいれば、おのずと正しいお金の使い方が見えてくるはずです。私は、欧米のように義務教育できちんとお金について教えるべきだと考えています。たとえば会社は公器であることや、資本市場における株式の重要性、銀行や証券会社の役割など、お金と社会の基本を教育していくのです。

 いま政府は「貯蓄から投資へ」と言っていますが、運用の仕方を知らない人が投資を行おうという考えにはならないですよ。泳ぎ方を知らない人を大海に放り出すようなもの。きちっと実践的な考え方を教える必要があります。

 無論、投資のテクニックだけを教えても意味はありません。とくにAI時代になると、テクニックはコンピューターがカバーしてくれますから。学校で教えなくてはいけないのは、機械にはない感情であり心のふれあいの世界、そのベースとなる道徳です。

 学校教育が終わった人も遅くはありません。お金の正しい使い方については、古典にいろいろ書かれています。たとえば私が好きな「利を見ては義を思う」(利益を得るのはいいが、正しい利益なのかどうか吟味せよ)も論語の一節。古典は学びの宝庫ですから、ぜひ手に取ってみてください。

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 SBIホールディングス社長 北尾吉孝(きたお・よしたか)

 1951年、兵庫県出身。74年慶應義塾大学経済学部卒業、同年野村証券入社。78年、ケンブリッジ大学経済学部卒業。92年、野村証券事業法人三部長、95年、ソフトバンク常務取締役を経て、99年より現職。SBI子ども希望財団理事およびSBI大学院大学学長も務める。

 (SBIホールディングス社長 北尾 吉孝 構成=村上 敬 撮影=的野弘路)

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