【IT風土記】山形発、地域産業の情報発信を支えるITとは?
パソコンやスマートフォンなどの情報端末を使ったインターネットは毎日の生活に欠かせない情報源。地方創生の息吹のなかIT(情報技術)で地域を元気にする試みが続々と始まっています。そうした取り組みや将来展望などを紹介するシリーズ「IT風土記」を月1回掲載します。第1回は雪の山形で拾った話から。(早坂礼子)
老舗ホテル元料理長の決断
2008年はじめのことだった。那須智宏さんは上司から「明日新聞に出るから」と聞かされ、大きなショックを受けた。
山形市小白川のオーヌマホテルのことだ。地元のデパート・大沼の系列会社で1966(昭和41)年に開館した。県内唯一のシティホテルとして賑わっていたが、その後、ビジネスホテルや総合冠婚葬祭場などとの競争が激化。親会社の大沼の経営悪化もあって資金調達が困難になり、この年の3月末に約40年の歴史に幕を下ろし、従業員を解雇するという。
那須さんは地元の高校卒業後、大手レストランチェーンの厨房に入り、東京や京都の店で洋食の修行を積んだ後に山形に戻り、この老舗ホテルで料理長に上り詰めていた。このとき54歳。7つ下の妻・冨士子さんと4人の子供を抱え、キャリアに見合う新しい働き口を見つけるのは簡単ではない。「世の中に、こんな不幸な人がいるんだろうかというくらい落ち込みましたね」と冨士子さんは振り返る。
熟慮の末に選んだ道は自前で店を開くことだった。ホテルの洋食部門で腕を磨いてきた経験なら他人に負けない自信がある。フランス料理はもちろん、ピザもスパゲティもデザートもつくれる。妻に接客を手伝ってもらってフレンチレストランを開こう。やるしかない。
2009年4月13日、資金を工面して国道13号線沿いにレストラン「ボンシュール」を開店した。店名は「美味しい笑顔」という意味のフランス語だ。クリーム色の壁に白木のテーブルセットで24席。BGMにはオルゴールの音色を流す。明るく清潔な店だ。
メニューには牛肉の赤ワイン煮込みや魚介のクレープ包みなど本格的な料理が並ぶが、ランチは飲み物、サラダ、パン・ライス付きで日替わりが800円から。夜もコースメニューが2100円からとリーズナブルな値段設定にした。肉や魚はホテル時代から付き合ってきた業者から、ハーブや野菜は地元産の旬にこだわる。ホワイトソースもカレールーも基本に忠実な手作りで、出来合いの業務用食材は決して使わないのが那須さんの矜恃だ。
夫婦で切り盛りする店は今年4月で丸7年を迎える。昼も夜も一緒だからときどきはケンカもするし、定休日の水曜も仕込みに追われてあまり休めないが、正統派の料理と良心的な値段が奏功してか、次第に固定客が付いてきた。誕生日や記念日などに食べに来てくれるお客さんがいる。地元の人にとってここは仲間同士や夫婦で集まっておいしいものを食べる特別な場所になってきたようだ。
「ホッと一息つけるようになったのはつい最近。あっという間でした」と夫。「骨休め、行きたいです。でもまだ借金が残っているから休めないよね」と妻。顔を見合わせたふたりの表情はまさに“ボンシュール”だった。
そんな那須さんの店には1日に1組、2組は初めての客が姿を見せる。その訳は…。
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