「顧問業」シニア活用の新機軸に ベンチャー・中小からニーズ、定年後も活躍

 
顧問サービスを手掛けるサイエストが開いた勉強会。顧問同士の情報交換や質の向上に向け定期的に開催している=東京都港区(同社提供)

 ベンチャーや中小企業に、経験豊かな退職者を顧問として紹介するサービスが注目を集めている。円高不況やバブル崩壊、その後の長期デフレなど厳しい経済環境の経験の蓄積を「社会に還元したい」と考えるシニア層と、「低コストで高度な能力を持つ人材が欲しい」という経営者のニーズがかみ合った形だ。少子高齢化に伴う労働需給の変化を背景に、退職で引退する従来の働き方のスタイルが大きく変わってきている。

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 ◆知識よりも実体験

 「3店舗は閉めて、2店舗は売り手に返しましょう。残り5店舗は手を入れれば大丈夫」

 あるIT企業は業容を拡大しようと、フランチャイズのアパレルショップを10店舗買った。ところが経営は赤字続き。困り果てていたところにやってきたのが、顧問の水野唯広さん(63)だ。財務諸表をチェックし、全ての店舗に足を運ぶと、水野さんは社長にそう助言した。

 水野さんは現在、人材サービスのインテリジェンスの顧問サービス事業「アイコモンカンパニー」に所属して働いている。アイコモンには上場企業の役員経験者や専門家ら約7000人のシニアが登録。平均年齢は60.9歳だ。

 水野さんは日本マクドナルドに約30年、タリーズコーヒージャパンに8年勤め、店舗開発の専門家としてキャリアを積み上げてきた。定年後は複数の顧問サービス会社に登録。これまでに飲食チェーン、学習塾、フィットネスなど多彩な店舗開発を支援している。

 「企業は詳しい知識のある人ではなく、切った張ったのビジネスの実体験がある人を欲しがっている」と、アイコモンカンパニー事業責任者の鏑木陽二朗氏は話す。2011年のサービス開始から利用企業は増え続け、今年6月末時点で1200社を数える。中小ベンチャーはもちろん、大企業も少なくない。売り上げは直近3年は毎年30%増で推移している。

 「大企業で積ませてもらった得難い経験を、これからの企業や若い人へ還元したい」

 3年前、石黒洋一さん(63)=仮名=は、大手ゼネコンを定年の60歳で退職した。社内留学でのMBA(経営学修士)取得を経て米国、英国、中国、ASEAN(東南アジア諸国連合)と約30年にわたり海外勤務を経験。定年後のポストも用意されたが、選んだのは「顧問」という働き方。インターネット検索で、海外経験の豊富な人材に特化し、顧問の紹介を手掛けるサイエスト(東京都港区)にたどりついた。

 香川県の総合設備会社の支援では、1年で、海外進出の足掛かりとなるシンガポール法人設立を果たした。「どんな銀行やコンサルタントの案より早い」と、支援先の担当者は驚いたという。一から人材育成していては間に合わない中小企業も、顧問サービスを使い、お金で即戦力の経験を手に入れられる。

 ◆団塊退職で増加

 アイコモンやサイエストのような、専門性の高いシニア人材を企業に紹介する顧問サービスは、団塊の世代が65歳に達した12年前後に増えた。

 約3000人の登録者を抱える「パソナ顧問ネットワーク」を展開するパソナグループは「顧問の成約件数は昨年比で2倍。毎月、約50社から新たな依頼があり、70人近いシニアが新規で登録をしている」という。

 マイナビ(東京都千代田区)の「マイナビ顧問紹介」は、登録者が昨年比で約3倍に達した。

 レイスマネジメントソリューションズ(東京都中央区)のサービス「顧問名鑑」は、過去3年で累計成約件数が約4500社に倍増した。同社の堤寛夫社長は「若手の労働力が減る中、シニア活用の手段として市場はまだ伸びる」とみる。

 主な顧問サービスは、6カ月~1年の業務委託を基本に、月1~20回の訪問やTV会議で相談を行う。利用料金は月額25万円前後からで、スキルや利用頻度に応じて料金が上がる。顧問の取り分は半分以上というケースが多い。コンサルティング会社に相談したり、人材を正規雇用したりするより、低コストという触れ込みだ。

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 ■経験・能力の生かし方 企業・個人の課題

 顧問の起用で飛躍的な成長をみせるベンチャー企業も出てきた。北海道産の材料にこだわった「焼きたてチーズタルト」で人気となった製菓の「BAKE(ベイク)」(東京都目黒区)だ。同社は設立からわずか3年だが、2017年6月期の売上高は前期比2倍以上の90億円を見込む。急成長の背景には海外事業の拡大がある。昨年8月から香港、タイ、韓国、シンガポールと、約1年で立て続けに6カ国地域に支店を展開した。

 「海外進出にリスクなどない。行かないことがリスクだ」-。当初、現地リサーチに時間をかけるつもりだった海外事業の背中を押したのは、支援を依頼した「顧問」の存在だった。

 この顧問の男性(56)はエンターテインメント産業で米国法人社長を務めるなど、海外フランチャイズビジネスに精通していた。「海外戦略のみならず採用や人材育成まで、組織のつくり方から教わっている」と、ベイクの印牧正貴海外事業部長は信頼を寄せる。

 シニアの働き方については、高年齢者雇用安定法の改正で、13年4月から従業員が希望すれば原則、65歳まで雇用することが企業に義務付けられることになった。厚生年金の受給開始年齢の引き上げに伴う措置だ。ただ、業績の振るわない企業などにとって、雇用延長による負担増は重い。

 一方、今年5月には東京地裁で、定年後の再雇用社員が、定年前と同じ業務内容で賃金を下げられたのは違法との判決が出た。この判決が最高裁で確定すれば、新卒採用の抑制や若年層の給与減につながりかねないとの指摘もある。シニアの経験・能力を日本経済にどう役立てるか、企業も個人も頭を悩ます。

 16年版「高齢社会白書」によると60歳以上の約7割が収入を伴う就労を希望。最近は「早期退職を念頭に50代の顧問登録者も増えている」(サイエスト)といい、シニア層の働く意欲は強い。アイコモンの鏑木氏は、「会社にぶら下がり飼い殺しにされるよりは、新境地で経験を生かしたいと考える人は少なくない」とも指摘。顧問サービス事業の拡大は、定年退職者の単なる受け皿に止まらない、新たな働き方の流れを生み出す可能性がありそうだ。(滝川麻衣子)