【IT風土記】福島発 スマートシティ技術が結集、地方再生のモデルケース目指す

 
会津若松市のシンボル「鶴ヶ城」。このお城のそばにICT関連企業の誘致の受け皿となるオフィスを整備する計画もある

 NHK大河ドラマ「八重の桜」の舞台となり、多くの観光客を集める福島県会津若松市。難攻不落の名城とうたわれた鶴ヶ城や、大正ロマン漂う街並みなど歴史情緒あふれるこの地域が、日本最先端のスマートシティとして生まれ変わろうとしている。会津若松市、会津大学、民間企業がスクラムを組み、欧州最大規模の医療・産業クラスター「メディコン・バレー」を手本に医療・健康分野をはじめ、観光やエネルギー、市民生活に至る幅広い範囲でICTの活用を進める。生きたビッグデータを使った実証の取り組みは多くの関心を集めており、国主導のプロジェクトや最先端の研究を進める企業誘致の足掛かりをつかんでいる。会津若松発のイノベーションを起こし、過疎で悩む全国の地方都市再生のモデルケースとなる狙いだ。

 アナリティクス集積の地方創生モデル都市

 2015年1月22日。会津若松市は、アナリティクス産業の集積による地域活力再生計画が評価されて地方創生モデル都市として選ばれ、「地域再生計画認定式」が行われた。認定書を受け取った室井照平市長が安倍晋三首相と笑顔で握手を交わす瞬間をカメラに収めた人物がいる。東日本大震災の復興支援のために会津若松市に入り、同市のスマートシティプロジェクトを助言してきたアクセンチュア株式会社福島イノベーションセンターの中村彰二朗センター長だ。

 会津若松の幕末の歴史を紐解くと、京都守護職に任ぜられた会津藩主が、尊王攘夷派志士の取り締まりを担い、今の山口県である長州藩を筆頭とする倒幕派と対立した会津戦争という苦い過去がある。中村センター長は「山口県が地元の安倍首相が、歴史的に因縁のある会津若松の市長と握手を交わし、苦笑いしている表情が印象的だった」と話す。

 他の地方都市の例にもれず、会津若松市が抱える課題は、過疎化や高齢化に伴う人口減少だ。室井市長は「2008年のリーマン・ショック以降、製造業のリストラが相次ぎ、状況は加速度的に悪化した」と振り返る。現在、13万人弱の人口が10万人まで減少するのは避けられないという強い危機感の中で、会津若松市が選んだ戦略はICTを核にしたスマートシティの街づくりだった。

 ヘルスケアIoT活用し、医療・介護費用抑制へ

 コンサルティングを担うアクセンチュアの中村センター長は「少子高齢化や社会保障費の拡大、エネルギー問題など、日本が抱える課題を解決するには、ICTを最大限に活用したスマートシティは有効な方法で、会津若松市がそのモデルケースになれる」と話す。アクセンチュアは復興から地方創生へ向け、長期的に10万人程度の安定人口を実現するという目標を実現する戦略を策定した。ビッグデータ基盤を活用することで人を内外から呼び込み、アナリティクス産業を作り、データを活用した暮らしの改善を通じて人を定着させる内容だ。

 アクセンチュアが手本にしたのは、デンマークのメディコン・バレーの成功例だった。デンマーク・スウェーデンでは、患者の生涯にわたる電子医療情報(EHR)を共有するオープンデータと規制緩和の政策が、デンマーク・スウェーデン両国の国内総生産(GDP)の2割を占める産業クラスターの構築を可能にした。

 会津若松市のIoTヘルスケアプロジェクトは、病気になる前に手を打つ「予防サービス」を実現し、市民の健康を維持することにより、医療費や介護費用の抑制を狙う。市民はウェアラブル端末を腕に着け、脈拍などの健康データをビッグデータとして蓄積する。室井市長自身も率先して端末を身に着け、参加を呼びかける。室井市長は「データ分析の実証を会津若松が担うことで、日本が抱える医療費の問題解決にも貢献できる」と強調する。医療機関などとも連携し、データに大きな変化があった場合に、参加者にアドバイスを送るような仕組みも検討中で、市民の健康管理への貢献も両立させることが可能だ。

 中村センター長は「会津若松市が目指すのは、健康福祉・医療だけではなく、農業やエネルギー、都市再生・観光など幅広い領域のスマートシティだ」と話す。多種多様なデータを収集・蓄積するビッグデータのプラットフォーム構築がその土台となる。さらに、さまざまな国のプロジェクトを誘致することで、データ分析を担うアナリティクス産業の関心を集め、大企業の機能移転や地元採用を促すシナリオを描く。

 先進ICT研究の会津大学による人材育成

 会津若松市のスマートシティプロジェクトで、重要な役割の一つである研究開発と人材育成を担うのは、コンピューターサイエンスの領域で全国トップクラスの公立大学法人、会津大学だ。同大学理事の岩瀬次郎・産学イノベーションセンター長は「コンピューターサイエンス領域では研究者100人を擁し、学生数も毎年240人入学し、卒業生の就職率はほぼ100%と全国屈指のICT大学だ」と胸を張る。

 会津大学はベンチャー企業の輩出や、産学連携に積極的に取り組み、先端のICT研究を進めてきた。2015年10月にはグローバルICT拠点である先端ICTラボ「LICTiA(リクティア)」を設置、大企業から講師を招いた勉強会や、地域に根差した中小企業に対するビッグデータ解析による経営支援などにも力を入れている。

 ただ、せっかく育てた人材のほとんどが首都圏に吸い上げられているのが実情だ。岩瀬理事は「福島県以外からの入学生が約7割で、卒業生の8割が首都圏へ就職する。少なくとも4割の卒業生が地元に残るように、首都圏並みの働き甲斐と待遇を提供できる環境をつくれるかが課題だ」と話す。

 そんな中、若者の人口流出に歯止めをかける切り札となりうるプロジェクトも動き出した。ICT関連企業の誘致の受け皿となる500人規模のオフィスを、会津若松のシンボル、鶴ヶ城のそばに整備する計画だ。

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