岩村暢子さん「残念和食にもワケがある」 食卓から見た家族や価値観の変遷

 
『残念和食にもワケがある』岩村暢子著(中央公論新社)

 「和食」はユネスコの無形文化遺産。でも家庭では「一汁三菜」も「さしすせそ」も死語に…。価値観や家族の関係性が変化して、和食は日常生活になじまなくなった。大正大客員教授の岩村暢子さんが刊行した『残念和食にもワケがある』(中央公論新社)は、地道な食卓調査で「和食離れ」の現状を明らかにした一冊。岩村さんは「食文化がどう変わっているかを読み取って、それぞれ考えてみてほしい」と話す。

 〈和食は異文化体験〉〈「好き」を立てれば「和食」は立たず〉…。章題を眺めるだけで、家庭における「和食」の現状が伝わってくる。

 20年前から400世帯以上で家庭の食卓を調査してきた。分析は具体的かつ論理的。「白いご飯」が主食の座を失い、30代、40代にも「味がないので苦手」という人がいて、混ぜご飯や「のっけ丼」のような食べ方が急増したことなどを報告する。

 テーマに対応した食卓の写真や食材、調理法、家族の反応などを掲載。調査対象者のコメントが生々しくて面白い。〈季節らしい料理とかよりも、子供の食べるもの、私たちの好きなもの、簡単なものを出す〉

 調査では「どうしてそうするか」を問うのが大事だという。価値観や思考法を探るのが、岩村さんの狙いだからだ。

 「食べ物に関心があったわけではなく、1960年代以降に生まれた親が形成する家族について知りたかった。食卓を観測の場にすると、家族関係や価値観がよく見えてきたんです」

 たとえば「鍋ブーム」についても、そろってひとつのものを囲む料理ではなく、作り置きしてもおいしい料理として支持されている、と指摘する。それは「鍋」の変化でもあるし「家族」の変化でもあるだろう。

 和食とは-。農水省によると「日本人の伝統的な食文化」で「『自然の尊重』という日本人の精神を体現した食に関する『社会的慣習』」ということになる。だが、そんな「日本人の精神」は現実の食卓には存在しない。自然のものを生かす「素材中心」ではなくて、個々の好きなものという「人間中心」で日々のメニューは決まっていく。

 「自然観が変わって、人間観が変わって、家族の関係も暮らし方も変わった。食べるものが変わるのは当たり前です。失ったのは料理の作り方ではなくて、私たちの食文化を支える背景なんです」

 和食は料亭で食べるものになって、家庭からは消えてしまうかもしれない。それが嫌なら、価値観を変えるか、家族の関係を変えるか。そんなことができるのか。岩村さんの問いが重く響く。「本当にもう一度取り戻したいですか?」(篠原知存)