【著者は語る】歴史家・作家 加来耕三氏「坂本龍馬の正体」

 

 ■創作で埋め尽くされた人物の実像を求めて

 歴史上の人物を扱う場合、一番大切なことはその人が何をしたかではなく、何をしようとしたかを基準に論証しなければならないことであろう。本年は坂本龍馬没後150年。明治維新前夜に暗殺された英傑は歴史の舞台に5年しか登場しておらず、空白期を創作で埋めつくされた龍馬像が独り歩きしてきた。

 何をしたかで龍馬を語ると、薩長同盟の仲介と大政奉還への献策に集約される。だが研究が進み、薩長同盟で一番熱心であった仲介者は中岡慎太郎で、「船中八策」や「新政府綱領八策」などの平和的大政奉還と国家運営プランは幕臣・大久保忠寛が初出、越前福井藩主・松平慶永や佐久間象山、勝海舟などから教わったもので、オリジナルといえるものではなかった。

 龍馬は伝えられる評価の半分も貢献していなかったが、では、史実の龍馬はそれだけの人物であったのだろうか。筆者はそうではない、と考えてきた。

 彼が本当に目指したものは、薩長同盟を中心とした討幕勢力による新政府とも、徳川家を中心とした公武合体の政府とも異なる第3の政局、それは中小藩や庶民の意思を代弁する、私設海上藩のようなものを目指したのではないか。

 亀山社中や土佐海援隊は通過点で、新政府のバランスを取るべき第3勢力を結集してイニシアチブを自ら取ることを龍馬は策したのではなかろうか。

 圧倒的な力を持つ2大勢力に異議申し立てをするには、相手に話を聞かせるだけの力が必要であった。龍馬はそれを貿易による利益から生み出される私設海軍に担わせ、そこでは中小の諸藩が資本参加を通じて発言権を持ち、軍艦を象徴に明治維新の実を明らかにしていくつもりでいたのではないか。

 この難しいかじ取りをあえて成そうとしたからこそ、彼には不鮮明な像が幾つも現れ、ついには暗殺され、いまなお複数の犯人・黒幕説を持ったのではないか。虚構の龍馬には、語り落とされた素顔は残っていない。幕末維新最大の山場であった王政復古の大号令に立ち会えなかった彼の無念は、少しも理解されていない。われわれは無条件に龍馬を英雄として祭り上げるのではなく、“孤独地獄”の中でなお、楽天的に振る舞った龍馬の心の中にあるものを、直視しなければならないのではあるまいか。(1026円、講談社+α文庫)

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【プロフィル】加来耕三

 かく・こうぞう 歴史家・作家。1958年、大阪市生まれ。奈良大学卒。『英雄たちの選択』『その時歴史が動いた』(いずれもNHK)、『世紀のワイドショー! ザ・今夜はヒストリー』(TBS)などに出演。近著に『幕末維新 まさかの深層』(さくら舎)、『龍馬は生きていた』(潮文庫)、『歴史に学ぶ自己再生の理論』(論創社)など。