奈良・春日大社の神饌調理用、江戸時代の桶やまな板、社家住宅「藤間家」から見つかる

 
藤間家から見つかった江戸時代の桶やまな板=奈良市

 春日大社(奈良市)の神職の家が並ぶ「社家(しゃけ)町」だった同市高畑町で、唯一残る社家(禰宜(ねぎ)家)住宅として貴重な「藤間(とうま)家住宅」の保存活動に伴う調査で、江戸時代に神前に供えたご飯を入れたとみられる桶(おけ)や神饌(しんせん)調理用のまな板、古文書などが見つかり、当主の長女や孫、大社、研究者らでつくる一般社団法人「高畑トラスト」(佐久間信悟代表理事)が19日、発表した。禰宜家として春日に勤めた藤間家や神社について知る貴重な資料という。

 桶は直径約40センチ、高さ約25センチで、「●(=土へんに完)飯桶」と墨書されていた。記載内容から、文政9(1826)年正月に作製されたことが判明。春日大社の神饌を調理する御供所に備えられ、神前に供えるご飯をいったん入れていた桶で、その後、藤間家におろされたとみられる。神饌調理のまな板も横約75センチ、縦約40センチの大きなもので、いずれもヒノキ材という。

 古文書はこれまでに千点を確認。うち1点は嘉永7(1854)年に発生した大地震で、境内に並ぶ石灯籠1727基のうち305基が倒壊、損傷したことを伝える興福寺大乗院門跡宛ての被害調査書だった。また、江戸時代の「百人一首」や茶道具などもあり、社家の優美な生活を伝えている。

 奈良大の西山要一名誉教授は「社家、住人としての藤間家が見えてくる。古文書からは春日で重要な仕事をしていたこと、百人一首などからは文化人としてのたしなみがうかがえる」と話している。