抑制された職人の「欲」は人の心も動かす 工房で過ぎ行く静かな人生

 
フォンデリア・アルティスティカ・バッタイアのロウのパートPhoto(C)Virginia Taroni. Courtesy Archivio Fonderia Artistica Battaglia

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 工房と呼ばれるところに、これまで何カ所訪ねたかは覚えていない。3桁のかなり上の数であるのは確かである。家具、セラミック、ガラス、銀細工、テキスタイルなど分野は多岐に渡る。

 モノを作っている場を見るのは、それだけで心が躍る。

 トリノで仕事をしている頃、毎週、何回かはカロッツェリアに足を運んでいた。カロッツェリアはワン・オフ(オーダーメイド)や特殊なクルマの生産を手掛けている工房だが、当時、ぼくは関与していた少量限定生産のスーパーカーの生産進捗状況をチェックするためにカロッツェリア通いをしていた。

 最近も工房に行かないわけではないが、ずいぶんと減った。しかし、今月になって訪ねた工房で、心の底から何かふつふつと湧き上がってくるものを感じた。

 ミラノのフォンデリア・アルティスティカ・バッタイアという会社での経験だ。同社は世界各地で紀元前からある技法・ロストワックス鋳造(日本では蝋型鋳造と呼ばれる)で銅の彫刻を作っている。

 同社の設立は1913年。彼らの作品が一番よく見られるのは、ミラノ記念墓地である。  

 指揮者のトスカニーニなど著名人が眠る由緒ある墓地には、墓石周りに銅の彫刻が並んでいる。建築家やアーティストが考えたコンセプトの成果だが、この墓地にある9割の彫刻はフォンデリア・アルティスティカ・バッタイアで作られたのである。

 墓地にお金をかける時代でもなくなった現在、同社で製作されたものがミラノ記念墓地に置かれることはなくなった。最後に納めたのは20年以上前だ。

 主要なクライアントはアーティストか、アーティストが所属するギャラリーである。

 アーティストが描いたスケッチかモデルをもとに、工房でアルティジャーノ(職人)が手を動かしていく。これまでぼくが見慣れてきた工房と雰囲気が変わらないといえば変わらない。

 今回、何にぼくの心が動いたのだろう、と考えた。

 この工房が産業界の末端に属していない、というのが理由の一つに思いつく。量産の生産サイクルに組み込まれていない。数が少ないから工房、という論理に嵌っていない。

 一方、いわゆる工芸美の世界にも属していない。マエストロが何やら厳かな空間を作っているわけでもない。アーティストの右腕となっていながら、上下関係が感じられることもない。

 ここは自分のブランドで作品を売るつもりがまったくない。変な欲が見えないのだ。とてもすがすがしい空気が流れている。

 欲は誰でもどこの会社にもある。ただ、その欲が歪むかどうかは、欲を扱う人の技量による。

 10年ほど前に言われた、ある人の言葉がたまに蘇ることがある。

 「鳥は2つの巣を作ろうとしない。が、人には家を1軒のみならず、できれば2軒持ちたい、という欲がある。この欲の源泉が何なのか人類はまだつかんでいない。最大の課題は、欲をどう扱えるか、ではないか」

 フォンデリア・アルティスティカ・バッタイアの工房で感じる気持ちよさは、上手く抑制されている欲のカタチが、一人一人の表情に出ているからかもしれない。

 適切に扱われる欲は、どうも、それだけで人の心を動かすらしい。こういう事実を工房で気づくとは思いもよらなかった。

 この工房を紹介した77分のビデオがある。数々の映画祭に出展された作品だが、音楽もナレーションも一切ない。ただただアルティジャーノが黙々と一つの彫刻を作りあげる過程を追ったものだ。音は作業の際のノイズだけである。

 あまりに静かな人生が、ここにはある。(安西洋之)

 筆者が企画に参画しているセミナーが2018年1月13日「ビジネスは魅力的なアート?」と19日「サスティナビリティある愛とは?」の両日、立命館大学東京キャンパスで開催されます。

 ご関心のある方はこちらへ。

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)フェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。