時を超え、愛されるフェルメール 今秋、国内展最多の8点が集結

 
ヨハネス・フェルメール「ぶどう酒のグラス」1661~62年頃ベルリン国立美術館Gemaldegalerie,StaatlicheMuseenzuBerlin,PreusischerKulturbesitzFoto:JorgP.Anders

 17世紀のオランダ絵画黄金期を代表する画家のひとり、ヨハネス・フェルメール。現存作がわずか35点前後と寡作で知られるが、今秋、国内展最多の8点が一挙に集結し、“日本最大”の「フェルメール展」が東京都台東区の上野の森美術館で実現する。名画「ぶどう酒のグラス」の初来日も決まるなど期待は高まるばかりだが、そもそもフェルメールの絵画はなぜ、私たちを心をとらえるのだろうか。時を超えた魅力に迫りたい。

 現時点で来日が発表されたのは、日本初公開「ぶどう酒のグラス」を筆頭に、人気の高い傑作「牛乳を注ぐ女」や最初期の宗教画「マルタとマリアの家のキリスト」、人物の心のひだまで感じさせる晩年の名品「手紙を書く婦人と召使い」-の4点。残りの4点は順次明かされる予定だが、本展ではフェルメール作品だけでなく、ハブリエル・メツー、ピーテル・デ・ホーホら同時代の画家の名品も合わせて紹介、約40点で黄金期と呼ばれる17世紀オランダ絵画の神髄に迫る。他の画家と比べることで、フェルメール人気の背景が見えてくるかもしれない。

 総合監修はフェルメール研究の第一人者である米ワシントン・ナショナル・ギャラリーのアーサー・K・ウィーロックJr.氏。また、成城大名誉教授で広島県立美術館長の千足伸行氏が日本側監修を務める。

 ブームが加速

 同じく17世紀オランダを代表するレンブラントとは異なり、フェルメールは没後長らく注目されることのなかった画家だ。欧州で再評価が始まったのは19世紀中期で、世界的ブームのきっかけは1990年代半ばに米国とオランダで開かれた「フェルメール展」とされる。日本でも2000年に大阪で開かれた展覧会を機に一気に熱狂が広がり、21世紀に入って人気は加速。三十数点の現存作品のうち、既に21点(真筆か否か意見が分かれる作品も含む)が来日している。

 作品の希少性のみならず、現代人がフェルメールにひかれる理由の一つに千足氏は「親しみやすさ」を挙げる。「市民の生活感情や価値観を反映しており、時代を超えて思いを重ねやすい絵といえるでしょう」

 というのも17世紀のオランダは、他の欧州諸国に先駆けて市民社会を実現。海洋貿易などで財を成した市民らは、室内を飾る小ぶりの親しみやすい絵を求めた。しかも偶像崇拝を敬遠するプロテスタントであり、好んだのは宗教や神話を描いた物語画よりも、日常生活を描いた風俗画や風景画。風俗画家として活躍したフェルメールも、こうしたニーズに応えたのだ。ただし、それは同時代の他の画家も同じ。女性が家事をしたり、手紙を書いたり、楽器を演奏したりと、フェルメールが描いた主題自体に独自性があるわけではない。「何を描いたかというより、いかに描いたかでしょう」と千足氏。

 染み渡る光

 フェルメール最大の魅力はやはり、光だ。作品の多くは、左の窓から光が差し込む。「例えばゴッホが描いた南仏の強烈な光とは異なり、柔らかく穏やかで、熱を感じさせない光。画面全体に、そして見る者の心にも、じわじわ染み渡るような光です」

 調和のとれた明瞭な色づかいも見逃せない。「特に青と黄のコントラストとバランスは、フェルメール独自の色彩感覚による」と千足氏は指摘する。それは「牛乳を注ぐ女」を見ても一目瞭然。さらに絵の細部に目を移せば、陽光を浴びて輝くカリカリのパンなど光の粒子が点描で表現され、19世紀印象派をも先取りしている。「ものの質感の表現も素晴らしい。メイド女性が着る丈夫な木綿の服、富裕層の女性がまとうサテンのドレスなど、一目で手触りの違いがわかります」

 フェルメールの絵は一見、静謐だ。当時のオランダでは戒めや教訓を暗喩する風俗画が尊ばれ、フェルメールもまた、絵にさりげなく寓意をしのばせている。しかし彼の絵は明らかに、小道具を多用し教訓をちりばめた同時代の風俗画とは一線を画し、声高に何かを語ることはしない。人物が感情をあらわにすることもない。

 ありふれた日常が、そこにある。その普遍性、絵画としての懐の深さが、時代を超えて愛される理由なのかもしれない。(黒沢綾子)

 <Johannes Vermeer>1632年、オランダ・デルフト生まれ。53年に結婚し画家のギルド「聖ルカ組合」に加入、画家として独立する。最初は宗教的な物語画を描いたが、次第に風俗画家として頭角を現した。75年、妻と11人の子供を残し43歳で没。

 作品紹介

 ぶどう酒のグラス

 帽子の男性が女性にワインを勧めている。手前の椅子にはリュートのような弦楽器、テーブルには楽譜も。酒と音楽とくればロマンスを連想させるが、誘惑を戒めるような寓意もしのばせている。フェルメールは男女の関係性を示してはいないが、どうやら夫婦ではなさそうだ。

 手紙を書く婦人と召使い

 窓から注ぐ光を浴びて、女主人は一心不乱に手紙を書き、召使いは所在なさげに待っている。経済の中心として繁栄したオランダは当時、欧州最高の識字率を誇り、郵便制度も発達。手紙を書く女性のモチーフはほぼ「愛」と関連付けられ、フェルメールやメツーら数多くの画家が好んで描いた。