【高論卓説】ピント外れの「残業代ゼロ法案」批判 高度人材を生かせぬ硬直した思考

 
※写真はイメージです(Getty Images)

 政府の働き方改革関連法案に含まれる「高度プロフェッショナル制度」に、立憲民主党など野党は「残業代ゼロ法案」と決めつけて早速反対している。一部の新聞も同調するが、ピント外れではないか。

 この高プロ制度は、年収1075万円以上の高度専門職について、働きを成果で評価して労働時間規制の適用を除外するというものである。労働組合の中央組織、連合は裁量労働制の対象拡大と併せて反対している。

 「残業代ゼロ法案」と聞くと、一般のサラリーマンはとんでもないと思うかもしれない。野党は、選挙で連合の支援を当てにして、刺激的なレッテルを貼って反対しているのだろう。俗耳に入りやすい言葉である。

 だが、「年収1075万円以上」の労働者はどれだけいるのか。連合の首脳は傘下の組合員には「たぶんいないだろう」と言う。反対するのは、いったん導入されたら、いずれ年収制限が下げられ、労働組合員にも適用されると警戒するからだ。

 労働者保護の観点から、早手回しに将来を心配しているわけである。しかし取り越し苦労ではないか。高プロ制度は、主体的に働き、勤務時間と成果が比例しない働き手が対象だ。工場のライン作業やオフィスで定型的な業務に従事する労働者には、基本的に適さない。

 一方で、働き方改革関連法案には残業時間の上限規制が盛り込まれている。これは工業化が始まって以来、さまざまな問題を経て進められてきた労働者保護政策の一環である。過労死・過労自殺問題が、一つの引き金になった。

 高プロ制度の背景にあるエグゼンプション(労働時間規制の適用除外)の考え方は、一定の拘束時間の下で働かされる労働者とは、別種の働き方をする人たちを念頭に置いている。いうなれば、マルクス主義が想定する資本家に搾取される「労働者」とは異なる。プロ意識を持った自立した人材である。

 こうした人材に能力を存分に発揮してもらわなければ、新しいビジネスや、人工知能(AI)、ロボットなどのイノベーションは期待できない。

 創造的な仕事に携わる高度人材には、成果だけを評価して自由に働ける環境を用意する必要がある。たとえ残業代がもらえても、定時出勤、定時退社の8時間勤務で、年功や労働時間の長さをベースに評価する制度は、ありがた迷惑だろう。

 日本の大手企業は一般に、新卒者を一括して採用し、一律の初任給から始める。協調性を重視して徐々に差をつける処遇制度で定年まで雇用する。

 多様性を認めないと、創造の芽を摘む恐れがある。

 3、4年前に東京大学工学部の教授から、こんな話を聞いた。大学に残したいと思った優秀な学生が大手化学メーカーに入社した。ところがサンプルづくりのような仕事ばかりさせられて戻ってきたという。「あれでは彼を腐らせてしまう」と教授は憤っていた。

 ICTコンサルティングなどのフューチャーの金丸恭文・会長兼社長グループCEO(最高経営責任者)は「企業もスーパースターの人材は最初から、ふさわしい扱いをすべきなのに、全員、球拾いからさせている」と言う。ちなみに同社は実力主義だそうだ。

 傑出した高度人材を求めたいのなら、「労働者保護」とは違う柔軟な思考が必要なのである。

【プロフィル】森一夫

 もり・かずお ジャーナリスト。早大卒。1972年日本経済新聞社入社。産業部編集委員、論説副主幹、特別編集委員などを経て2013年退職。著書は『日本の経営』(日本経済新聞社)、『中村邦夫「幸之助神話」を壊した男』(同)など。67歳。