なぜ日本は「発達障害大国」なのか 国別統計で常にトップレベルの理由

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 天才と呼ばれる人は「発達障害」の傾向を指摘されることがある。海外ではエジソン、アインシュタイン、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ。国内では楽天の三木谷浩史氏もADHDの傾向があることを明かしている。その「特性」を活かすにはどうすればいいのか。2人の専門家に聞いた--。

 “10人に1人”大人の発達障害の謎

 20代半ばの会社員Aさんは、昔から「空気が読めない」といわれてきた。先日も会議に遅れてきた部長に、「部長、3分の遅刻ですよ」と事実を伝えたところ嫌な顔をされた。上司に「頭を冷やせ!」といわれ、水道水で頭を冷やして唖然とされたこともある。いつも一生懸命やっているのに、なぜか叱られることが多いと感じている。

 一方、30代女性の事務職員Bさんは、ケアレスミスが多いのが悩みだ。会議の日時を間違えたり、金額の記入を間違えたりはしょっちゅうだ。人の話を聞きながらメモを取ることや、話を要約するのも苦手で複雑な内容はメールで送ってもらうようにしている。

 頭はいいのだが、どこか行動が奇妙でちぐはぐ。感情や意思の疎通がスムーズにいかない、本人も努力しているようだが直らない。そんな悩みを職場で抱える人が増えている。

 近年「大人の発達障害」に関心が高まっている。これまで子どもの問題と思われがちだった発達障害が、実は大人の問題でもあり、職場や家庭で起きるトラブルの原因の1つとしてクローズアップされているのだ。

 日本で発達障害者支援法が施行されたのは、2005年のこと。以来、子どもに対しては、乳幼児検診で早期発見、早期療育、早期支援が謳われてきたが、現在すでに大人である層は、その社会的ケアからこぼれ落ちて成長してきた世代だ。重度の自閉症や知的な遅れを伴う場合は比較的早く発見され、医療や支援に結びつく機会も多い。一方、知的に遅れがない場合は本人の性格や個性と捉えられ医療までたどり着かないケースもある。

 しかし、学生時代までは目立った問題はなくても、就職を機に、その特性を原因とするトラブルが発生することがある。「本人の努力不足」や「家庭のしつけの問題」「上司のマネジメントの不備」ではなく、発達障害の視点からのアプローチをすることでトラブル解決の糸口が見えてくることもある。日本人の10人に1人は発達障害の傾向がある。そんな指摘をする専門家もいる。大人の発達障害の問題点や、課題を探ってみよう。

 ▼「大人の発達障害」職場だと…

 Tさん●20代男性●会社員

 高学歴で各種スキルや語学力は高いものの、相手の意図するところを理解するのが苦手。新入社員の頃「わからないことがあれば、いつでも聞きにこいよ」といってくれた上司がおり、その上司が出席中の会議の席に「部長、わからないことがあるのですが」と聞きに行き、周囲を唖然とさせたこともある。「資料をつくってくれ」「臨機応変に対応しろ」など、あいまいな指示がわからず、上司から叱責されることもしばしば。自分の正当性を伝えようとするも「言い訳」「反論」と捉えられ、ストレスからうつ病に。診療科でうつ病の治療と同時に、心理検査や知能検査を受けASDであることが判明。

 Fさん●30代男性●SE

 国立の大学院卒業後、大手情報系サービス企業に就職。昔から「理屈っぽい」と評されるも、論理的で完璧主義的な性格はSEとして最適、上司からも「真面目で正確」と高く評価される。しかし、月200時間の残業が続いたプロジェクトが完成した直後から、心身ともに疲労感を強く感じ出社できなくなる。診療科では「適応障害」と診断。詳細な検査を受けると、ASDやADHDの診断は下りなかったが、その傾向は強く「ハイコントラスト知覚特性」があることが判明。まったく疲れを感じないか、突然体が動かなくなるほど疲れるかといった極端な知覚を持っていた。

 Kさん●30代女性●国家公務員

 昔から得意なのは理数系で、読書感想文は苦手。ストレスや疲れがたまると上下関係を配慮できず、上司に「そんなこともわからないんですか」といってしまったことも。中学、高校と不登校を経験しつつも、国家公務員として就職。整理整頓を重視するあまり、自分の机には“マイテプラ”も常備してある。職場では理解ある上司に恵まれ、得意な数学的知識も活かせる仕事に就いている。しかし、日常の「変化」に弱く、上司が配置換えで隣の列に移動した際は、パニックになり泣き出してしまった。海外赴任や流産などを機にうつ病を発症。「うっすらとASDとADHD」と診断される。

 病気ではないので「治す」ものではない

 官公庁や大企業が集まる東京の一等地、虎ノ門に「大人の発達障害外来」の看板を掲げるクリニックがある。「メディカルケア虎ノ門」だ。03年に五十嵐良雄医院長により開設され、うつ病や適応障害などの職場の精神的ケアに力を入れてきた。一般外来のほかにわざわざ「大人の」と銘打ち発達障害外来を掲げた理由を五十嵐院長はこう語る。

 「うつ病などのために仕事を休職し、当院で復職のためのプログラムに参加している方の約3割は、実は発達障害が根っこに潜む。その場合、仮にうつ病を治しても根本的な問題は残ったままで、またすぐに職場で問題が生じてしまうため、うつ病の治療と並行して発達障害専門のケアが必要になるんです」

 現在、日本で発達障害を診断できるクリニックや医師はまだ少なく、しかもそのほとんどは子どもが対象だ。同じ発達障害でも、子どもと大人では診断方法やその後のケアも大きく異なり、大人に特化した発達障害外来の必要性を強く感じたという。

 このクリニックでは、診断後の治療プログラムも充実している。月1回土曜日に3時間かけて行われるレクチャーには、多いときで80名ほどの参加者が集まる。発達障害に特化したプログラムも人気だ。半年から1年をかけて行う復職支援プログラムでは、他者とのコミュニケーションにおいて起こりがちな「職場トラブル」をテーマにロールプレーを行うなど、復職に向けての具体的なアプローチに取り組んでいる。

 「発達障害の場合は基本的に薬はなく、あったとしてもADHD(注意欠如・多動性障害)用に2種だけ。そもそも発達障害は病気ではないので、『治す』ものではない。自らの特性を理解して得意な部分は伸ばし、苦手な分野は工夫して補えるよう練習していくしか方法はないのです」(五十嵐氏)

 ▼それぞれの特徴

 ASD:自閉スペクトラム症

 コミュニケーションや対人関係、想像力のかたより。パターン化した興味や活動など。

 ●空気を読むことが苦手、言葉の比喩や裏の意味がわからない。

 ●人との距離感が独特で、一方的だったり、拒絶的だったりする。

 ●好きなテーマを語りだすと止まらない、人の話を聞くのが苦手。

 ●過去のことはよく覚えているが、未来を想像し予定を立てるのが苦手。

 ●時に過去の嫌な出来事がフラッシュバックして情緒不安定になる。

 ●視覚、聴覚などの感覚が過敏。

 ●同時に複数のことを処理することが苦手。

 ●他者視点に立って考えることが苦手。

 ADHD:注意欠如・多動性障害

 多動的、衝動的、不注意。

 ●常に動き回ったり思考がせわしない。

 ●思い立ったことをすぐにやりたくなる。

 ●忘れ物やミスが多い。

 ●部屋が片づけられない。

 SLD:限局性学習障害

 知的な遅れや視覚や聴覚などに問題はないが、「読む」「書く」「聞く」「話す」「計算・推論」などの学習分野において著しい困難を有する。「読字障害(ディスレクシア)」や、「書字表出障害(ディスグラフィア)」「算数障害(ディスカリキュリア)」などが代表的。

 高学歴にはグレーゾーンの発達障害が多い?

 虎ノ門という場所柄もあり、来院者は極めて高学歴、かつ有名企業や官公庁に勤める人も多い。受診条件は「以前に発達障害の診断を受けていないこと」であるため、発達障害でも極めて軽微ないわゆる「グレーゾーン」である人がほとんどだ。

 そういった人は発達障害が軽微でも高学歴なために周囲から期待され「東京大学を出るほど秀才なのに、こんな簡単なこともできないのか」と高いハードルを設けられてしまう場合も。発達障害の特徴である「こだわりの強さ」や「好きなことは極端に集中する」側面を活かして優秀な学業を修めてきたが、就職や管理職への昇進などのタイミングで不得手な分野が浮き彫りになる例がある。ある優秀な経理マンは昇進で管理職になった瞬間、うまくいかなくなったという。部下から上層部にクレームが入り、心を病んだケースも。

 「もっとも受診者の多くは、発達障害の特徴を知れば、論理的に自己分析をして真面目にプログラムに取り組みますよ。プログラムを経て復職していく人々は約9割ほどです」(五十嵐氏)

 ▼ASDとADHD、得意・不得意分野

 ASD:自閉スペクトラム症

 得意な仕事例

 ・規則性、計画性、深い専門性が求められる設計士や研究者

 ・緻密で集中力を要するSEやプログラミング

 ・膨大なデータを扱う財務や経理、法務

 不得意な仕事例

 ・顧客ごとの個別対応や、計画が随時変更していく作業

 ・対話中心の仕事や、上司からのあいまいな指示

 ADHD:注意欠如・多動性障害

 得意な仕事例

 ・自主的に動き回る営業職

 ・ひらめきや企画力、行動力が求められる企画開発、デザイナー、経営者、アーティスト

 不得意な仕事例

 ・緻密なデータや細かいスケジュールなどの管理

 ・長期的な計画を立て、じっくり進める仕事

 ・行動力より忍耐力が必要とされる作業

 発達「障害」ではなく、発達の「ずれ」

 発達障害は、先天的な脳の機能障害である。遺伝的、環境的な要因などが複雑に絡み合っていると考えられているが、実はその全貌は明らかになっていない。かつては愛情の薄い「冷蔵庫マザー」に育てられた子が自閉症になると考えられていたが、いまは親のしつけは原因と関係ないとされている。

 信州大学病院診療教授の本田秀夫氏は「『障害』という言葉で誤解を招いている側面もある」と説明する。

 「Neurodevelopmental Disorders。これが現在の発達障害の英語表記です。つまり直訳すると『神経発達のずれ』。これまで人間は誰もが定型の曲線を描いて発達していくと考えられてきたのが、どうやら人それぞれ発達のスピードは異なり、かつ能力のすべてがパラレルに成長していくわけでもないということがわかってきたんです。発達障害は、決して発達しないわけではなく、発達の仕方が独特で定型発達の秩序からは外れているということです」

 「Disorder」という言葉が精神医学で初めて使われたとき、専門家たちはどう日本語訳するか悩んだという。いま、日本の医学界では「神経発達症」と呼ぶよう提唱している。「障害」ではなく「症」であることが重要で、たとえば『自閉スペクトラム障害』ではなく、『自閉スペクトラム症』が学界の推奨する呼び方だ。

 ではなぜ世間で「発達障害」の呼び名が一般的なのか。1つには社会概念としてすでに定着しており「発達障害者支援法」や「発達障害者支援センター」など行政用語として使われていること、また実際にその特性が原因で著しく日常生活に支障をきたす場合、障害として認定されることで、障害者雇用枠で採用されるなどの実態もあるからだ。

 発達障害の「カツオ君」は優秀な営業マン

 一方、本田氏は発達障害のプラス面も強調する。「発達障害というとよくないイメージばかりが先行していますが、本来は必ずしも悪いものといい切れないんです。たとえば多動・衝動性が強いADHDの代表的な例としては、『サザエさん』に出てくるカツオ君を思い出してください。おっちょこちょいで思いついたことはすぐに行動に移してお父さんに怒られる。でも、彼がもし営業職などに就いたら、活動的で明るくて、どこか憎めないキャラとして愛されるかもしれません。忘れ物やミスはあっても、さりげなく周囲がフォローしてくれたりして。でももし経理などに就いたら、ミスだらけで怒られる毎日が続くかもしれません」。

 努力できること、できないことの差が極端なため、職業選びは大切だ。日本企業が新卒者に求める一番のスキルは「コミュニケーション能力」との調査結果(図)もあり、これは発達障害のASD(自閉スペクトラム症)には苦手分野といえる。

 「実はかくいう僕もADHDとASDの特性があります。予定を立てるのも苦手だし、夢中になると寝食を忘れてのめりこんでしまう。職業を間違っていたら、確実にダメだったでしょうね。でも医者や研究者のほとんどはASDタイプです。こだわりの強さが強みにつながった例です」(本田氏)

 なぜ日本は「発達障害大国」なのか

 「発達障害を考えるとき、思い出してもらいたいのは童話の『みにくいアヒルの子』です。白鳥なのにアヒルの群れに入ってしまった、それが発達障害の人が置かれた状況。どんなに頑張っても白鳥はアヒルにはなれません。『努力してアヒルになれ』と叱咤激励しても、アヒルのようには鳴けず、結局、白鳥の子は白鳥にしか育ちません。白鳥には白鳥だけができることがあるはずで、その得意な分野を活かしていけばいいんです。僕は一当事者としても、声を大にしてこういいたい。『発達障害ライフを楽しもう』と」(本田氏)

 アップル創業者のスティーブ・ジョブズ、マイクロソフトのビル・ゲイツなど、実際に、その特性を強みにしてビジネスに発展させた人物には枚挙にいとまがない。楽天の三木谷浩史氏も自らADHDの傾向を持つと語っている。ジョン・F・ケネディ米元大統領、坂本龍馬やエジソン、アインシュタインなども発達障害の傾向を指摘されている。発達障害=天才であるわけではないが、その特性を活かさなければ彼らの成功はなかったはずだ。

 実は日本は発達障害大国でもある。本来なら人種で差が出るものではないが、なぜか国ごとに統計を取ると常にトップレベルで数が多いという。

 「文化の差があるかもしれません。同じADHDやASDでも、ほかの国では許容されるレベルが、日本では問題視されてしまう。日本は国家レベルで空気を読むことを国民に求める風潮があり、人々は互いに完璧を求めすぎているように思います」(同)

 いつの時代も一定数、発達障害は存在した。かつてなら社会に溶け込み、あるいは「変人だけど面白い」と受け入れられてきた特質が許容されない社会になってきたことが、昨今の「発達障害」の知名度の上昇に一役買っているのかもしれない。

 利益を追求する企業で、個人のケアをどこまですべきかという問題はあるが、個人の努力と同時に、社会の側も知識を持つことでトラブルを減らし、新たな成果に結びつく可能性があるのではないだろうか。

 五十嵐良雄(いがらし・よしお)

 1976年、北海道大医学部卒。ミラノ大(イタリア)やユトレヒト大(オランダ)に留学した。医療法人全和会秩父中央病院長などを経て2003年に職場の「うつ」などが専門のメディカルケア虎ノ門を開設。

 本田秀夫(ほんだ・ひでお)

 1988年、東京大学医学部卒。山梨県立こころの発達総合支援センター所長を経て2014年信州大医学部附属病院子どものこころ診療部診療教授に。乳幼児から成人まで幅広い世代の発達障害の診療経験が豊富。

 (フリーランスライター 三浦 愛美 撮影=鈴木聖也、奥谷 仁 写真=iStock.com)