【IT風土記】富山発 「クローン文化財」で伝統工芸を活性化 東京芸大と高岡市、国宝を復元

 
復元された国宝法隆寺金堂釈迦三尊像と東京藝術大学の宮廻教授。左手は原型

 東京芸術大学は、三次元(3D)計測など最先端の技術を活用して、文化財の精巧な複製を製作する「クローン文化財」に取り組んでいる。昨年、富山県高岡市の伝統工芸・高岡銅器の職人たちと連携し、奈良・法隆寺の国宝・釈迦三尊像の再現に成功した。最先端のデジタル技術と伝統工芸の融合によって生まれた新しい形の文化財だ。

 400年の歴史持つ高岡銅器

 富山県の北西部に位置する高岡市は、加賀藩主・前田利長が築いた城下町だ。富山市に次ぐ富山県第2の都市で、町の繁栄のために利長が7人の鋳造師を呼び寄せたことをきっかけに銅器を中心とした鋳造産業が発展した。茶器や香炉といった小物から梵鐘(ぼんしょう)や大型のブロンズ像まで幅広い銅器の鋳造を手掛け、全国の銅器販売額の90%以上を占めているという。

 「高岡の銅器鋳造は世界一。鋳物を手掛ける東京芸大の先生たちも高岡に依頼しており、技術的にも、感覚的にも、素材の面でもトップクラスにある。協力してもらうには高岡市しかないと思っていた」。こう語るのは、「クローン文化財」の製作に取り組む、東京芸術大学大学院の宮廻(みやさこ)正明教授(同大社会連携センター長)だ。

 宮廻教授は、これまでタリバンによって破壊されたバーミヤン東大仏の壁画や火災で焼失した法隆寺金堂の壁画をはじめ約20点のクローン文化財を手掛けてきた。劣化や破壊、災害などによって失われつつある文化財や美術品を最先端の技術を活用して精巧に復元。多くの人々に鑑賞してもらうことで、文化財や美術品の価値や、内包する世界観を多くの人々に共有してもらうことを目指している。

 その取り組みが評価を受け、2014年に文化庁や法隆寺の許可を受け、法隆寺金堂にある釈迦三尊像の「クローン文化財」を製作する許可を受けた。プロジェクトを進めるに当たって400年を超す歴史を持つ高岡市の銅器鋳造と600年の歴史を持つ富山県南砺市の井波彫刻の技術に着目。高岡市や南砺市に協力を依頼し、それぞれの職人たちが釈迦三尊像のクローン文化財を製作するプロジェクトに参加することになった。

 デジタルと伝統工芸の融合

 では、クローン文化財の「釈迦三尊像」はどうやってつくられるのか。

 まずは、法隆寺などの協力もと実物の釈迦三尊像に縞パターンをプロジェクターで投影し、2台のCCDデジタルカメラで撮影する3D計測を行う。仏像と光背の隙間のような、デジタルカメラでは撮影できない部分については、東京芸術大学が長年培ってきた仏像に関する研究データと知識で類推し不足したデータを補いつつ解析を進め、そのデータを3D復元してから3Dプリンターで出力。こうして像の原型を製作した。その後蛍光エックス線で金属分析成を行い、釈迦三尊像に含まれる微粒な成分解析をおこなった。

 釈迦三尊像は台座から大光背(こうはい)の最上部まで4メートル近い高さがある。また、中尊の釈迦如来坐像に2体の菩薩像を脇侍(わきじ)に従えた複雑な形状だ。すべての形状を測定するにも、国宝なので触れることもできなければ動かすこともできない。計測できないところは目視で補い原型を完成させた。「デジタルだけではこの復元は不可能。デジタルとアナログの融合があるからこの作品はできたともいえる」と宮廻教授は説明する。

 この原型をもとにした鋳造作業は、伝統工芸高岡銅器振興協同組合の5つの鋳造会社が分担した。中尊、両脇侍、大光背、脇侍光背それぞれに最適な鋳造方法を選び、その鋳造技術に長けた会社が担当したという。

 大光背の鋳造を担当した組合の梶原寿治理事長は「さまざまな文化財の修復にかかわってきたが、今回は1400年の歴史の重みが大きなプレッシャーになった」と語る。現物の忠実な再現が求められたが、計算すると、実物の重さよりも20~30キロ重くならざるを得ず、「実物に近づけるのは難しいチャレンジだった」と振り返った。

 3D技術の進歩に危機感

 プロジェクトを支援してきた高岡市はその結果に大きな刺激を受けた。「高岡の産地でも3D技術に取り組まないと、どんどん遅れをとってしまう」(高岡市産業振興部産業企画課新産業創出支援係の秋元宏係長)。そんな強い危機感を持ち、「クローン文化財」を新たな産業振興につなげる動きも始まっている。

 全体の仕上げを手掛けたのは東京芸大だ。1400年の経年変化による傷や摩耗を再現。真新しく赤銅色に光る釈迦三尊像に経年の古色をつけて完成させた。宮廻教授はクローン文化財が目指す先を「模倣を超越し、実物の文化財を超えたものを作る。文化を継承し、守るという発想だけでなく、われわれの取り組みから未来に向けて発信していく」と語る。

 完成した釈迦三尊像は、まさにその目標を体現。実物を超越した、まさに「新しい形の文化財」となった。

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