【高論卓説】裁量労働制は不要か 迫るAI時代、生き抜く鍵は…

 
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 今国会の目玉ともいうべき「働き方改革」。与党が満を持して提出しようとした法案で「裁量労働制」の対象拡大や「高度プロフェッショナル制度」が野党のやり玉に挙げられ、「裁量労働制」は法案からは全面削除された。

 「裁量労働制」とは、実際に働いた時間とは関係なく、企業と社員との間で結んだ労使協約で定めた時間を働いたものと見なし、その分の賃金が支払われる制度(見なし時間制度)だ。つまり好きな時間に出勤し、好きな時間に退社する。臨機応変に対応しなければならない仕事や時間に縛られず新しいものを作り出すような仕事にこうした制度が利用されている。

 実際にこれまでもシステムコンサルタント、記者・編集者・ディレクター、デザイナー、証券アナリストなど19の「専門業務」と経営企画、人事、総務、広報、営業などで調査や企画を担当する「経営企画」という2つ業務の中で裁量労働制が行われてきた。

 これを「開発提案業務」や「PDCA業務(生産管理や品質管理などの管理業務)」といった「課題解決」の業務にまでその適応を拡大するというのが今回の法案だった。

 ところが、安倍晋三首相が国会答弁で「裁量労働制は一般労働者より労働時間が短い」という趣旨の答弁をしたことでそのデータの信憑(しんぴょう)性が問題になり、そこから労働者には実質的な裁量権がないから「裁量労働制」を導入すると長時間労働の温床になり、過労死を引き起こす原因にもなりかねないという議論に発展してしまった。

 しかし裁量労働制というのは、工場労働のように一定の時間働けば成果が出る仕事に適用されているわけではないから、それが時短につながるという発想自体ナンセンスだし、逆に長時間労働の強制につながるという批判もしかりだ。

 日本の産業界は今、大きな転換点を迎えている。日本は高度経済成長の中で、全国から都心に大量に物を作るための労働力を集め、画一的に働く仕組みを作り上げてきた。それが世界でトップクラスの産業生産力を生み出していった。しかしその代償として社員は企業の歯車としてひたすら働くことを求められている。そこから「長時間労働は悪」だという議論につながってしまうのかもしれない。

 しかし人工知能(AI)の台頭で企業の在り方は大きく変わろうとしている。画一化できるような定型的な仕事はどんどんAIに取って代わられている。既に金融、流通、メーカーなどありとあらゆる産業でAIの導入が始まっている。

 そのような中で今までと同じような働き方をしていていいわけがない。人もまた変わらなければならない。言われた仕事を言われた通りやるのはAIに任せればいい。人はもっと自由に考え行動できることが新しい時代の企業に求められているのではないだろうか。

 終戦直後何もない中で起業し、世界的な分析器メーカーに成長した堀場製作所の創業者、堀場雅夫は「面白いと思ってやった仕事は効率も上がるし、疲れない。嫌々やった仕事は2倍も3倍も疲れる。人間『おもしろい』と思うかどうかが大事なんだ」と以前筆者に語った。ただ今あるものを守るのではなく、新しい時代に挑戦する、そんな「働き方改革」をやってもらいたいものだ。

【プロフィル】松崎隆司

 まつざき・たかし 経済ジャーナリスト。中大法卒。経済専門誌の記者、編集長などを経てフリーに。著書は多数。昨年7月に「東芝崩壊19万人の巨艦企業を沈めた真犯人」を出版。55歳。埼玉県出身。