【論風】「働き方」変えるには 企業に縛りつける悪弊見直せ
□社会保障経済研究所代表・石川和男
安倍政権が肝煎りで進めている「働き方改革」。長時間労働の是正や、正規雇用と非正規雇用の格差是正など、労働者の権利保護や労働規制の強化のように思われているのではないか。
だが本来の目的は、少子高齢化が急速に進んでいく中で、経済の担い手となる働き手をいかに増やすか、多様な働き方を実現しながら労働生産性をいかに高めるか、である。
これを達成するには、規制・制度改革によって「長時間労働是正」や「同一労働同一賃金」に網をかけるだけでは、とても足りない。これらだけではマイナスの是正にしかならず、減少していく労働人口を補ったり、労働の生産性を飛躍的に高めたりすることにはつながらない。
企業年金の弊害
労働の生産性を高めるにはどうすべきか。雇用の流動性や働き方の多様性を高め、より多く稼げる(=より多くの付加価値を生み出す、より価値あるイノベーションを生み出す、より高度な経済循環を作り出す)人には、より多く稼いでもらえるような仕組みを作ることだ。
この点についても、フリーランスに係る税制見直し(財務省)や、モデル就業規則の改定による副業・兼業の容認(厚労省)など、政府側の取り組みは進められつつある。
他方、働き手の受け皿となる企業側には、こうした流れを阻害する制度が厳然として残っている。大企業を中心に継続している確定給付型の企業年金・退職金制度のような“一企業に従業員を縛りつける制度”を、今一度見つめ直すことが大事だと私は考えている。
確定給付型年金は、手厚い企業年金制度として、優秀な人材の獲得などの有用性から、大企業を中心に採用されてきた。労働者にとっても、確定拠出型年金と比べて、将来の受取額が明確である分、生計が立てやすいというメリットがある。
過去には、企業財務の観点で見直される機運が高まった時期もあった。バブル崩壊後の株価下落に喘(あえ)ぐ1990年代、長引く不良債権処理で景気低迷が続いた。2000年代には、日本企業の財務健全性の観点で国内外の投資家から問題視され、01年には、日本においても確定拠出型年金が導入された。その後、景気回復の傾向が見られてきたことで、年金制度への問題意識が高まらずに済んできた感が強い。
少子高齢化が進んでいるため、国の年金制度では、少数の現役世代が多数の年金受給者を支えるという構造を維持することが難しくなってきている。政府も、年金受給開始年齢の引き上げを含めた対策を採ろうとしているが、抜本的な解決にはほど遠い状況だ。
同じことが、多くの大企業にも当てはまる。企業財務の観点でも、確定給付型年金を維持するのは難しくなっていくだろう。既に確定拠出型に移行している欧米企業とのグローバル競争という点でも、今後、制度を見直す日本企業が増えていくのでないだろうか。実際、電通や博報堂DYホールディングスなど、確定給付から確定拠出に移行していく動きも出てきている。
人材流動化に貢献
政府も単一企業で勤め上げるという日本特有の「単線型のキャリアパス」では、労働者のライフステージに合った仕事の仕方を選択しにくい弊害があると指摘。それを変えれば、大企業から中小企業・スタートアップへの転職、別分野を学び直して再就職といった人材流動化が促進され、国全体の生産性の向上にも寄与するとみている。
こうした企業年金制度は企業側の裁量で採否が決まるところであり、政府から一方的に網を掛けられない領域だ。民間企業は、こうした確定給付年金をはじめとする従来の制度が真にワークし続けるか、上場会社の最高益更新も相次ぎ雇用市場も逼迫(ひっぱく)する今こそ経営者は決断すべき時期に来ているはずだ。
【プロフィル】石川和男
いしかわ・かずお 東大工卒、1989年通産省(現経済産業省)入省。各般の経済政策、エネルギー政策、産業政策、消費者政策に携わり、2007年退官。11年9月から現職。他に日本介護ベンチャー協会顧問など。50歳。福岡県出身。
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