【IT風土記】三重発 アコヤ貝の“声”を読み解き海の異変を察知「貝リンガル」
「人魚の涙」「月の雫(しずく)」とも称される真珠。古から多くの女性たちを魅了した宝石だ。三重県の英虞(あご)湾は真珠養殖発祥の地として知られる。英虞湾では、真珠をつくるアコヤ貝の反応から海の異変を読み解く「貝リンガル」という装置が実用化され、真珠養殖に影響を及ぼす赤潮などの監視に役立てられている。
世界初の海洋水質観測技術
「貝リンガル」を開発したのは英虞湾で真珠の研究を行っているミキモト真珠研究所だ。宝飾品大手ミキモトは、創業者、御木本幸吉が1893(明治26)年、真珠の養殖に世界で初めて成功したこの地に研究所を設け、真珠養殖の技術や真珠の品質、鑑別、海洋環境の保全などの研究を行ってきた。「貝リンガル」は、アコヤ貝の生体反応をもとに水質変化を観測する世界初の水質環境監視システムで、突発的に発生し、養殖に被害をもたらす赤潮や海水の貧酸素化、硫化水素の発生などを観測することができる。
「アコヤ貝の貝殻にセンサーを取り付け、貝の開閉の動きを計測します。赤潮が発生したり、海中の酸素が欠乏したりすると、アコヤ貝の開閉の動きが大きく変化します。その動きをとらえ、海の異変を早期に察知するのです」。真珠研究所の岩橋徳典(やすのり)副所長は「貝リンガル」の仕組みをこう説明する。
アコヤ貝の貝殻の片方に磁界を検出する「ホール素子センサー」、もう片方に「小型磁石」を取り付け海に沈める。磁界の変化によって貝殻の開く大きさや開いている時間などを計測するのだ。貝の動きを海上のブイにあるデータ収集装置に集め、通信回線で研究所のパソコンに送信。真珠研究所では湾内の数カ所に設置した「貝リンガル」の情報を24時間態勢で監視している。海面から海底まで一定間隔で貝を配置し、どの水深で異常が発生しているのかもチェックしているという。
天敵「ヘテロカプサ」
「貝リンガル」開発のきっかけとなったのは、1990年代前半に英虞湾で「ヘテロカプサ」と呼ばれる新種のプランクトンによる赤潮が相次いで発生し、真珠養殖に甚大な被害が発生したことだった。ヘテロカプサはアコヤ貝をはじめとする二枚貝を直接攻撃して、死に追いやる。真珠研究所は、赤潮の原因がヘテロカプサであることを突き止め、その対策に乗り出した。
ヘテロカプサからどうやってアコヤ貝を守るか。当時、真珠研究所所長だった永井清仁シニアフェローは、九州大学で赤潮の研究をしていた本城凡夫(つねお)教授(現香川大教授)と連携し、アコヤ貝の生体反応を活用した検知装置の開発に取り組むことになった。
しかし、開発は一筋縄ではいかなかったという。「アコヤ貝の反応を調べるために心電図や筋電計などを試したんですが、うまくいきませんでした。センサー探しに苦労する中、見つけ出したのが磁束密度を計測する現在の仕組みでした」と本城教授は振り返る。ホール素子センサーは、小型軽量で貝殻に取りけるだけで貝にストレスを与えずに貝の開閉の動きを検知できる。ホール素子センサーの計測技術を持つ東京測器研究所の協力も受けながら、2004年、「貝リンガル」の実用化にこぎつけた。
研究を進める中で、まるで言葉を話しているように海中の状況によってアコヤ貝の反応に違いがあることも分かってきた。アコヤ貝は正常な状態で1時間に1~2回開閉するだけ。ところが、ヘテロカプサが発生すると、貝は一時間に何度も開閉を繰り返す。一方、貧酸素の状況では、一定間隔で開閉する。赤潮の種類によっても開閉の仕方にも違いがあるという。現在、研究所が解析した貝の“声”は10種類を超すという。
実用化当初は旧式の通信回線を利用していたため、通信費だけで月50万円もの費用がかかっていたという。それでも24時間態勢での監視を続けていた。「ヘテロカプサ赤潮による被害のことを考えれば、それだけの費用をかける意義がある取り組みでした」と岩橋副所長。通信技術の向上による通信費は大幅に低下し、監視コストは大幅に削減できているという。
感度抜群、今後の応用は
貝リンガルの性能には、三重県水産研究所も一目置く。「貝リンガル」の情報を週に1回、ミキモトから提供を受け、インターネットで県内の養殖業者向けに発信している。提供を受けているのは、最も早くへテロカプサが発生する地点とされる湾奥に設置された「貝リンガル」の情報だ。
県水産研究所企画・資源利用研究課の津本欣吾課長兼研究管理監は「われわれもこの情報を確認した上で、船で海水を採取して確認しています。被害の恐れがあるような密度でヘテロカプサがみつかった場合、監視を強化して注意喚起しています」としている。
英虞湾には、ミキモト以外にも約300を超す養殖業者が真珠養殖を手掛けている。三重県の真珠生産量は愛媛県、長崎県に次ぐ3位の規模だが、養殖業者の数は全国で最も多いという。三重県は年間約4200キロの真珠を生産しており、県の経済を支える重要な産業だ。
英虞湾で50年以上にわたって真珠養殖を手掛けてきた中井真珠養殖場の中井義久さんも「貝リンガルのすごいところは、海中にごくわずかのヘテロカプサが存在するだけで反応する。ヘテロカプサは見つけにくいプランクトンで、目で見える段階ではもう手遅れになってしまう。貝リンガルの反応を見ることで、貝に被害が表れる前に対策を打つことができるようになりました」と評価している。
海のことを海の生き物に教えてもらう-。そんな発想から実用化された「貝リンガル」の技術は、生物とIT技術の融合という点で先駆的な取り組みと言えるが、その技術は今後どう応用されていくのだろうか。
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