南海トラフの経済被害試算、国家予算の14倍 食い止めに38兆、対策どうする
大阪府北部で起きた震度6弱の地震では、大規模な水道管や家屋の損傷が生じ、減災対策の重要性を改めて示した。マグニチュード(M)9級の南海トラフ巨大地震が起きた場合、その後の20年間で、国家予算の約14倍に匹敵する1410兆円の経済的被害が生じるとの試算もある。いつ起こるかわからない巨大災害だけに、できるだけ迅速に備えていくのが理想だが、公共事業費が劇的に増える見込みはない。高齢化で社会保障費が増大する中で、財政の制約が減災対策の足かせとなっている。
国難の備え、60兆円以上
南海トラフ地震が発生する時期について、政府は今年2月、「今後30年間で70~80%」との確率を提示。前回公表時の「70%」より引き上げられた。
南海トラフ地震では人的被害はもちろんのこと、経済的被害は国難と呼べる規模だ。
土木学会は今年6月、南海トラフ地震や首都直下地震などの巨大災害の発生による経済的被害の試算を盛り込んだ報告書をまとめた。
それによると、南海トラフ巨大地震の発生から20年間の経済的被害は、道路や生産設備の損壊に伴う経済活動の鈍化で1240兆円、建物の直接的被害で170兆円とあわせて1410兆円に上る恐れがあるとした。この額は、過去最大を更新した平成30年度の一般会計予算(約97兆7000億円)の14.4倍に相当する。
市民の平均所得(被災自治体のうち政令市)で換算すると、20年後までに800万円前後~2千万円以上も減少。例えば、大阪では、地震がなかったときに比べて、1758万円減ると試算され、単純平均すると年に約88万円分が失われる計算になる。
被害を小さくするには、堤防、港湾施設の耐震強化、道路の整備などによる減災対策が重要だが、その費用は巨額だ。報告書は被害を4割程度減らすだけでも、38兆円以上の対策費がいるとする。
これらは南海トラフ地震だけの推計で、首都直下地震と、大阪、東京、伊勢湾での高潮、巨大洪水に備えた減災対策を含めれば、60兆円以上の規模になる。
政府の公共事業関係費の当初予算は、最近は6兆円前後。提言にある対策費は、その10倍にあたる。
社会保障費増大、公共事業は縮小
費用をかければ、かけれるほど対策が充実するのは確かだ。しかし、財政上のハードルがこれを困難している。
大和総研の鈴木文彦主任研究員は「耐用年数の過ぎたインフラをすべて交換していくと、理屈のうえでは高度成長期に投資した金額と同じくらいの費用がかかってしまう」と指摘する。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングのリポートによると、高度成長期の昭和40年度の一般歳出に占める公共事業関係費の割合は18.8%に上ったが、近年は6%程度に過ぎない。
対照的に割合が大きくなっているのが、高齢化で増える社会保障関係費と国債費だ。
40年に14.1%だった社会保障関係費はいまは一般歳出の3割を占める。国債費は0.6%から約25%に拡大した。医療費の増大に歯止めがかからないうえ、高度成長期以降に発行した国債の償還費が積み重なってきているためだ。
減災対策の覚悟
土木学会は、南海トラフ地震の30年発生確率を踏まえて「15年以内」に対策をしなければ、減災が間に合わせない確率が50%以上に上昇すると分析する。
対策をさらに加速していくならば、予算確保の手立てが不可欠だ。
民間資金活用による社会資本整備(PFI)の活用は、予算の節約につながる有効策だ。ただ民間事業者や金融機関も採算性が見込めないと投資には踏み込みにくい。料金設定の自由度を上げるなど、投資をしやすい環境を整える必要がある。確実な手段で考えれば、社会保障費などの予算を抑制して公共事業にあてるか、国債増発、増税で賄うことになる。減災対策の充実は、どこまで巨大災害への危機感を持ち、痛みを受け入れられるかの覚悟が左右する。
関西大学社会安全学部の河田惠昭(よしあき)特別任命教授(土木工学)は「巨大災害が起きると日本に重大な被害があることは多くの人が認めている。ただ防災を含めてインフラ中心の公共投資が、生活向上につながっているとの実感はない。国民のこの関係に対する理解がないと、公共事業費は伸びないだろう」と指摘する。
都市部の環状道路のように未完成のまま長く放置され、メリットがみえにくい公共事業がある。行政間の連携は不足し、経済効率の悪い無駄な公共事業も存在していることなどを問題視している。
河田氏は「やるべき優先順位が妥当なのかをチェックし、事業の必要性の説明を国が尽くさないと公共事業への理解を得られない。次の世代にどういう国土を残していきたいのか、国全体での議論をもっと深めるべきだ」と話す。
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