【本ナビ+1】語り継ぐべき“思い”の経営 作家・北康利
■『JALの奇跡』大田嘉仁著
尖閣問題を契機として中国で反日暴動が起きたとき、書店から日本関連の書籍が一斉に撤去される中、稲盛和夫の『生き方』だけは棚に残ったといわれている。そんなカリスマ経営者の秘書を長年務めてきた著者初の著作である。
稲盛はJAL再建に際し、京セラから2人だけを連れて行ったが、著者はその一人であった。そこで「フィロソフィ」「アメーバ経営」といった有名な稲盛流経営哲学が、まったく畑違いの企業にどう浸透していったのかを克明にたどっている。
社員のプライドの高さで知られる会社だけに、容易なことではなかったが、稲盛の迫力ある指導の前にたじたじとなっていく様子が痛快だ。
最初は業績報告を求めても前月の数字すら出てこなかった。それをリアルタイムで実績を把握できるようにし、勘定科目やその順番までも注文をつけ、ミクロを語れずしてマクロを語るなかれと、徹底して数字と現場に強いリーダーにたたき直していった。
当時、稲盛はすでに喜寿であったが、業績報告会に3日をかけ、徹底的に議論し、その場で数字を説明できない役員を叱り飛ばすなど、その姿には鬼気迫るものがあった。
お客さまから自分宛ての手紙はすべて目を通し、京都からの通勤にわざわざ伊丹からJALのエコノミーに乗り、周りのお客さんの荷物を上の棚から下ろしてあげる。
そんな稲盛の純粋な“思い”が会社全体に浸透し、彼らは変わっていく。経営は幹部がやるものだという意識から全員参加型に変わり、機内販売も一つの事業と考えるようになった。その“奇跡”の現場に立ち会った著者が、次世代に語り継がれるべき企業再建の成功事例として世に問うた一冊である。(致知出版社・1600円+税)
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■『生き方 人間として一番大切なこと』稲盛和夫著
伝説のタカラジェンヌと話していたとき「私、今でも枕元に稲盛さんの『生き方』を置いて、ときどきページをめくってるのよ」と聞かされ、そんな本の愛し方があるのかと、激しく感動したことがある。
本書は松下幸之助の『道をひらく』と双璧をなす経営者のバイブルで、14カ国で翻訳され、世界で443万部売り上げている大ベストセラーだ。究極の経営論は究極の人生論に通じる。「人間として一番大切なこと」が、まさにここにある。(サンマーク出版・1700円+税)
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【プロフィル】北康利(きた・やすとし) 昭和35年12月、名古屋市生まれ。東京大学法学部卒。評伝を中心に『白洲次郎 占領を背負った男』(第14回山本七平賞)など著書多数。
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