【父の教え】クイズの“東大王”伊沢拓司さん 「絶対」はない…広い視野で

 
「父は働き盛りに僕に時間を使ってくれた。母も、です。父を褒めたら母も褒めなきゃ」と語る素直さも魅力(酒巻俊介撮影)

 クイズ番組「東大王」で見せる圧倒的な知識量と洞察力。加えて、親しみのある笑顔でお茶の間の心をつかんだ現役東大大学院生、伊沢拓司(たくし)さん(24)は、どんな質問にもよどみなく、かつ誰にでも伝わる平易な言葉で返してくれる。その話し上手ぶりは誰から受け継いだのか。

 「父がとても口達者で。親戚の結婚式で司会をすると本業の方ですか?と聞かれるほど。そんな父から学んだところもありますね」

 父の隆司(たかし)さん(62)は、薬用酒の大手「養命酒製造」で、主に広報畑を歩んだ元会社員。冗談好きで付き合いもよく、夜はほろ酔いで帰ってくることもあった。

 伊沢さんが5歳の頃、隆司さんは帰宅後、毎晩のように「訓示」と称し、ジョークを披露した。

 「難しい言葉や政治ネタが盛り込まれた、子供相手に容赦のないジョークでした。ラジオ番組『ジェットストリーム』のCDを流しながら、『夜の静寂(しじま)の~』と番組の決まり文句を父がまねたとき、『しじま』を知らない僕は小笠原諸島の父島のことかと思って。『なんで父島なの』と父に聞くと、『しじまというのはね…』と教えてくれました。こんなやりとりを通じ、僕の語彙が増えていった気がします」

 共働き家庭の一人っ子。保育園のお迎えは園児の中で、一番あと。父との帰り道、豆腐屋で油揚げなどを買うのが楽しみだったという。父も母も読書が好きで、自宅は歴史小説などの本だらけ。伊沢さんが物心つく頃には日本の歴史の学習漫画が本棚にさりげなく並べられていた。「マンガが読めるぞと思って気づいたら手に取っていました」。自然と伊沢さんも読書好きに育った。「休日は父に車でブックオフに連れていってもらって、ずっと立ち読みをしていました」

 そんな父とののんびりしたエピソードの中に、チクリと胸に刺さって残るのが小学2年の平成14年、最後に叱られたときの記憶だ。

 サッカー少年の伊沢さんはW杯日韓大会に夢中だった。日本代表がベルギーに失点を喫した場面で「今のは川口(能活(よしかつ))だったら、絶対、止められたよ」と言った伊沢さんを、隆司さんは「絶対という言葉を軽々しく使うな」と叱った。

 何事にも絶対はなく、物事への決めつけは危険。広い視野を持て-そんな思いのこもった言葉だった。

 「普段はちゃらんぽらんな父がまじめな顔になって。そりゃそうだ、調子に乗ったな、軽々しく絶対という言葉を使うとダサいな、って思いました。たくさん本を読み、仕事で宣伝の文言を書いていた父は、特に言葉に敏感だったのだと思います」

 「クイズ王」と呼ばれるようになった今、この父の教えをいっそう意識する。

 隆司さんは今年、会社を退職。その際、伊沢さんへ「(息子の)活躍がうれしかった」とそれまで口にしなかった気持ちをメモで添え腕時計を贈ってくれた。伊沢さんは来年、社会人に。編集長として運営するWEBメディア「Quiz(クイズ)Knock(ノック)」を拠点に、楽しみながら自然に知識が身につくようなサービスを生みたいと考えている。

 「父のジョーク訓示もそうですけれど、楽しく遊んでいるような感覚で勉強してきたから今の僕がある。次は僕がそんなふうに学びを伝えていけたらって思います」(津川綾子)

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 ≪メッセージ≫

 アイデア勝負で仕事してきた父のスピリット、僕も継いでいきます。

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【プロフィル】伊沢隆司

 いざわ・たかし 昭和31年3月、茨城県生まれ。47年水戸第一高校に入学、57年に早稲田大教育学部を卒業後、「養命酒製造」に就職。主に広報畑で勤務し、同社広告のコピーライティングなどを手がけた。今年退職し、現在は自遊人(じゆうじん)を自称。趣味は旅行で、600を超える銭湯を巡った。

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【プロフィル】伊沢拓司

 いざわ・たくし 平成6年5月、埼玉県生まれ。開成高校在学中に「全国高等学校クイズ選手権」で2連覇。東大経済学部へ進むと、テレビのクイズ番組に出演の傍ら、WEBメディア「QuizKnock」を立ち上げ編集長に。東大大学院農学生命科学研究科に在籍中。監修書に「無敵の東大脳クイズ」など。