【IT風土記】愛知発 IT支える最先端技術がキャビアを産む 低温プラズマでチョウザメ養殖
愛知県豊根村は2015年から名古屋大学などと連携し、低温プラズマ技術を活用したチョウザメの養殖の実証実験に取り組んでいる。低温プラズマ技術は半導体を製造する際に用いられる技術の1つだが、近年、農産物や魚の成長を促す効果が確認されている。チョウザメに応用することで、チョウザメの肉や卵のキャビアの生産を増やし、「新たな村おこしの起爆剤にしよう」と期待をかけている。
村の活性化の起爆剤に
「豊根村は愛知県の奥地にあって過疎化が進んでいます。『何か新しいことをやらないといけない』『話題のあることを取り込んでいこう』という意識を村は常に持っていました。チョウザメ養殖が村に新たな産業を生み出す可能性にかけているのです」。豊根村地域振興課の青山幸一課長は村がこの実証実験に取り組む理由をこう説明した。
豊根村は、医療や農水産業への低温プラズマ技術の応用を研究している名古屋大学プラズマ医療科学国際イノベーションセンター長の堀勝教授に研究フィールドを提供。現在5メートルほどの大きさの水槽に低温プラズマ処理した水を入れ、体長50センチほどのチョウザメの幼魚50匹を養殖。その成長の変化を調べている。
施設の奥に低温プラズマの発生装置が設置されており、沢からくみだした水が配水管を通る際、青紫色に輝く低温プラズマを照射されている様子をみることができる。
豊根村でチョウザメの養殖が始まったのは2012年。過疎化が進む村を何とか活性化させたいと、村で運送業を経営していた熊谷仁志さんが養殖にチャレンジしたのがきっかけだ。チョウザメの卵は世界三大珍味の一つであるキャビア。養殖が成功すれば、高級品のキャビアを村の特産品として売り出せる。村の活性化の期待をかけ、村も熊谷さんの挑戦を積極的に支援。その中で着目したのが、低温プラズマ技術だった。
プラズマは分子をつくる原子核と電子が自由に飛び回っている状態(電離状態)で、固体、液体、気体とは異なる「第4の状態」と呼ばれている。「稲妻や太陽もプラズマです。溶接の時に出る光もそうです。宇宙の99.9%はプラズマでできています。人類も他の生き物もプラズマから生まれたといっても過言ではないのです」と堀教授。常温から数百度程度の低い温度で生成できるのが低温プラズマだという。もともとは真空状態でしか生成できなかったが、研究開発が進み、いまでは常温常圧の中でも低温プラズマを生成できるようになった。
低温プラズマの可能性は無限大
低温プラズマは、ナノレベルの微細な加工に優れており、シリコンウエハー上に精密な電気回路を刻み込む半導体製造に活用されてきた。真空状態にしなくても安定したプラズマを生成する技術が確立されたことで半導体の製造コスト削減にも貢献。低温プラズマ技術の進歩は半導体製造の技術向上と密接に関係しており、低温プラズマはIT(情報通信技術)やAI(人工知能)を支える技術でもある。
さらに半導体製造以外の分野にも応用が広がり、医療の分野での研究が進んでいる。研究の最前線に立つ堀教授は農業や水産業へ応用研究にも取り組み、農産物や魚の成長を促進させる効果を確認した。なぜ生物の成長を促進する効果があるのか、その原理は解明されていないが、堀教授はプラズマによって活性化された分子や原子が細胞レベルで何らかの作用を与えているとみている。「低温プラズマに無限大の可能性があります」と自信満々に語る。
豊根村での実証実験について堀教授は、「研究室での飼育とは違い、養殖の現場ではさまざまな問題や課題が発生します。現場で発生するさまざまな状況変化の中でどう作用するのか。研究室での研究と現場とをリアルタイムでつなぎながら成果を出していきたい」と意気込んでいる。
新たな付加価値を模索
現在、熊谷さんは約4000匹のチョウザメを養殖。その養殖作業の傍ら、都会からこの村に来た地域おこし協力隊の2人の若者とともに実験施設のチョウザメの世話も行っている。「今回の研究によって、どこにも負けない最高品質のチョウザメが育てられることを期待している」と熊谷さん。地域振興課の青山課長は「すでにキャビアの生産に成功している地域もあり、われわれは後発組。最先端の技術を積極的に取り入れて、先発組に負けないブランド価値をつくりだしていく」と力を込めた。
静岡、長野両県の県境に接する豊根村は村の総面積の93%が森林に囲まれ、過疎化と高齢化は村の大きな悩みの種だ。
豊根村の伊藤実村長は「国や県もそうだが、役所の場合、1回やって終わりという事業も少なくない。しかし、民間企業は3年、5年と研究を粘り強く続けて、成功にこぎつけている。そういった手法が行政にも必要なんです」とこの取り組みの意義を訴えている。
一人の村民のチャレンジから始まった村の活性化策はどんな展開をみせるのだろうか。
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