政府の本格的な議論がスタート 70歳雇用延長、識者に問う
70歳までの雇用延長に向けた政府の本格的な議論がスタートした。安倍晋三政権は元気な高齢者が働ける環境を整備することで、労働力不足を補い、社会保障制度の安定を狙う。だが、健康や働き方に対する考え方は人それぞれで反発もある。識者の意見を聞いた。
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□慶応大客員教授・清家篤氏
■職業人としての自立必要
「人生100年時代」を迎えると、人生設計は大きく変わる。平均寿命の延伸に合わせ、職業人としての寿命も延ばす必要がある。「65歳引退」では、個人の経済的自立が損なわれるし、経済成長や社会保障制度の安定性も損なわれてしまう。少なくとも70歳までは働けるようにすべきだ。
現在は、15~64歳を「生産年齢人口」とし、65歳を「高齢者」の入り口として定義付けている。しかし少子高齢化の急速に進む時代になり、生産年齢人口をもっと幅広く捉えなければならない。2025年には団塊の世代全員が75歳以上になり、医療や介護のための社会保障費の負担は大幅に増加する。働く意思と能力のある人には働いてもらうことで負担は平準化される。
地方では、高齢者の経験と知恵を積極的に活用する中小企業も増えている。勤続を重ねて管理職になっても実務をこなし、高齢の技能者が活躍している。大企業などもこうした成功例を学んでほしい。
ただし、引退する自由を奪って、働きたくない人まで「総動員」してはならない。この点で日本の恵まれたところは、高齢者自身の就労意欲が高いことで、多くの高齢者は元気なうちは働き続けるのが良いと考えている。この好条件をぜひ生かすべきだ。
年金制度の改革も必要だ。厚生年金では、受給可能年齢に達した後も働き続けると、収入に応じて給付が減額されてしまう。働くことに罰金を科すような制度であり、早急に改めるべきだ。
企業は雇用延長で人件費がかさむことを懸念している。一方の働く側も、再雇用で賃金が大幅に下がったり、それまでと違う職場に配置されたりすることで意欲が下がる弊害も起きている。65歳以上も働くことを前提とした賃金体系や職場づくりが必要だ。
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【プロフィル】清家篤
せいけ・あつし 1954年生まれ。専門は労働経済学。2009~17年、慶応義塾長。政府の社会保障制度改革国民会議で会長を務めた。
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□高齢社社長・緒形憲氏
■働くから元気になれる
高齢社は、定年退職した人を中心に60歳以上の人を企業に紹介する人材派遣会社だ。業務の種類は、ガス機器のメンテナンスやマンション管理、運転補助など幅広く、取引先は約100社ある。
登録者は年々増えていて、最近1000人を突破した。「働きたい」という気持ちを持っているシニアが多いことを実感する。平均年齢は70.6歳。最高齢は84歳の男性で、倉庫管理の仕事をしている。
75歳になっても「辞めたい」という人はほとんどいない。働くことで「人の役に立っている」という生きがいを感じることができるからだ。お客さんに感謝され、勤め先の仲間と達成感を分かち合う喜びもある。「元気だから働く」のではなく「働くから元気になる」のだと思う。
夫が仕事を辞めて家にずっといては、奥さんもうっとうしいだろう。どこかへ出掛けるにしろ、趣味に生きるにしろ、ある程度お金は必要だ。働くことで、自分が自由に使えるお金も増える。
派遣先の社員にとってもメリットがある。例えば、若い世代が子育てや遊びで土日は休みたいと思っても、休日が書き入れ時の業種では難しい。その点、高齢者は曜日に縛られず、土日出勤をいとわない人が多い。一緒に働くことで若い人に長年培った仕事の知恵や技能を伝えることもできる。
継続雇用を70歳まで延長する政府の方針に「70歳まで働かされるのか」と思う人もいるだろうけれど、さすがに70歳まで週5日働くわけではないだろう。うちの登録者も週3日勤務が一番多く、残り4日は趣味や家族の介護など、自分の生活に合わせて使っている。「働かされる」と感じる必要はないのではないか。
政府の方針には賛成だが、一律の定年延長となると、もう働きたくないという人もいるし、企業にとっても人件費が負担になる。希望に応じて働ける形が望ましい。
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【プロフィル】緒形憲
おがた・けん 1949年、前橋市生まれ。東京ガス群馬支社長、栃木ガス社長などを経て、2016年から現職。
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