【パパ編集部員の育休エブリデイ】(2)「何のために育休取ったの!」 男女は脳内も体も考え方も違う

 
※画像はイメージです(Getty Images)

 2018年5月に第2子が生まれ、やる気満々で始まった半年間の育休生活。だが、いきなりスタートダッシュでつまずいた。妻の退院からわずか3日目にして、行く先が案じられる大ゲンカが勃発。育休に入るまであれこれと楽しいことをたくさん考えていたのだが、いざ蓋を開けてみたら現実は想像以上に厳しく、「男女の差」や「考え方の違い」を発端とする困難や試練が次々と待ち受けていた。(文・写真 大竹信生/SankeiBiz編集部)

 妻と第2子となる長男が退院してから3日目の夜。親子で夕食を済ませ、大急ぎで食器を洗っているときだった。突然、寝室から妻の怒りに満ちた大声が響いてきた。

 「あなたはいったい何のために育休を取ったの!!」

 怒りの矛先が私に向いているのは確かだったので、洗い物を中断して理由を聞いてみると、「二人の子供が私のところでギャン泣きしているのに、なんで助けに来てくれないの!」と不満をぶつけてきた。妻との付き合いはそこそこ長いが、今回の怒りは“超”のつく本気モードだ。

 思わず叱ってしまった

 その数分前のこと。私がキッチンで洗い物をしていると、2歳の長女が“お手伝い”にやって来たのだが、実際は踏み台の上に立ってバシャバシャと水をまき散らすだけで、私からすれば“邪魔”をされるばかりだった。これでは作業がはかどらないので、「何もしないでいいからっ! あっちに行って!」と強い口調で叱りつけたのだ(いまこうやって記しながら「ひどい父親だ」と反省…)。

 娘は徐々に顔をゆがめると、堰を切ったように「ワーン」と大声で泣きだし、寝室で授乳をしていた妻のもとへ一目散に走っていった。せっかく眠りについた赤ちゃんは娘の泣き声で起こされたようで、子供二人による“ギャンギャン大合唱”が始まった。私もその時の状況は何となく把握していたが、当時は「急げばもうすぐ洗い物が終わる! それからヘルプに行けばいい」「それまでの数分間は妻一人で何とかなるだろう」と、今思えば甚だ思慮や配慮に欠ける勝手な判断だった。

 実際はそんなに簡単な状況ではなかったのだ。すでに衝突は避けられず、家の外まで聞こえる大音量の口論が始まった。

 妻「夫の最大の役割は産後の妻をケアすることだって、最初に確認したでしょ!」

 私「じゃあ、いつ誰が皿を洗うんだよ。このまま放置したら汚いだろ」

 妻「皿なんて今はどうでもいいでしょ! この状況を見て何とも思わないの!」

 どうでもいい--。一瞬にして怒りの頂点に達した私は、思わず声を荒らげて応戦した。

 私「こっちもいろいろ考えながら家事やってんだ! この後もやる事が山ほどあるんだよ!」

 私は妻のためを思って積極的に家事をしていたつもりだった。こまめに時間を確認しながらロジカルに、計画通りに家事を進めていた。それを「皿洗いはどうでもいい」と否定されたら、こっちも頭にきて当然。後回しにするのもハッキリ言って面倒くさいのだ。個人的には「子供は泣いて当たり前。母親なんだから少しくらい我慢できないの?」とも思っていた。

 しかし、女性の考え方は違うようだ。まず、優先順位として家事は二の次なのだ。そもそも夫にそこまで完璧な家事など求めておらず、最も大事なのは母子の心身の安定なのだ。「そんなの当たり前だよ!」と読者の皆さんから怒られそうだが、当時の私はとにかく「自分が抱っこしても子供は泣き止まないから、家事を頑張るんだ!」と皿洗いに必死だったのだ。あるママさんから「その状況なら確かに食器はどうでもいいよね。お皿はしばらく洗わなくても大丈夫だけど、赤ちゃんはお乳をあげたり面倒を見ないと生死にかかわるからね」と言われてしまった。

 女性が赤子の泣き声に敏感で神経質になりやすいことも、すっかり忘れていた。ホルモンバランスが乱れやすい授乳期は特にそうらしい。恐らく私を含めた多くの男性は、子供の泣き声はそれほど気にならないし、「少しくらいその辺に置いたままでも大丈夫でしょ…」というくらいの感覚を持っていると思うが、多くの女性にとっては到底あり得ない話なのだ。

 この事件と性質は異なるかもしれないが、「男女の差」や「考え方の違い」に起因する育児の難しさは、その後の半年間で何度も味わうこととなった。特に娘と二人だけで出かけるときは顕著だった。

 平日に子供を遊ばせる施設に行けば、部屋に入った途端に好奇の目にさらされた。平日の児童館や公園は、週末時と比べて圧倒的にパパが少なく、何かと目立つ。娘のオムツを替えようとベビー休憩室に入れば、隣のオムツ替えシートに私のような男性が来ることに戸惑いを見せるママさんもたまにいた。女児を持つママさんは特にその傾向が強い印象で、私もデリケートな問題であることを理解しつつ、若干の居心地の悪さを感じながらも、娘のために笑顔でオムツを替えた。

 父親にはできないこともあるが…

 育児をしていると、男性にはどうしようも出来ないこともたくさんある。赤ちゃんが「おっぱいが欲しい、でも粉ミルクはイヤだ!」とグズったときなど、パパはお手上げだ。子供が「ママじゃないとイヤだ!」というケースもそうだ。こういう時、母親は赤ちゃんに授乳をしながら同時に上の子もあやす、というかなり過酷な状況に陥るが、こういう場面で男性が役に立つのは現実的に難しい。最初はそれでも上の娘を無理やり抱っこして妻の負担を減らそうと努めたが、その結果、娘が大泣きして逆に妻にも気を遣わせたため、「自分には無理なのだ」と割り切ることにした。

 子供は母親といると安心するのか、父から離れた瞬間にピタリと泣き止み幸せそうな笑みを見せる。母と子の絆は、男性が想像する以上に固いようだ。妊娠中からずっと胎内のへその緒でつながり、産後も授乳や抱っこなど密に過ごす時間が長いのだ。「ママがいい!」「パパはイヤだ!」と言われても仕方がない。そういう時は、直接妻のチカラになれない代わりに、間接的にできることを考えることにした。それだけでも妻は嬉しいのだ。

 サポートしても“意味がない”

 結局、私にできるサポートといえば、やはり家事だった。洗濯、掃除、ゴミ出し、娘のお風呂、食料の買い出しなど、自分ができることは積極的にやった。他にもオムツ替えや洗剤ボトルの詰め替え、子供のゴハン補助や食べこぼしの掃除、就寝前に炊飯器の予約をセットしたり、散乱したおもちゃの片付けや爪を切ってあげるなど、本気で探せばできることは分刻みであった。しかし、以前と違うのは、そうした家事をただこなせば満足していたかつての自分ではなく、手伝いながらも、妻の様子と子供の様子に目を配り、とりわけ妻が今何を考えているか、何を求めているか、自分なりに思いをはせるようになったことだ。妻とのケンカは日を追うごとに減っていった。それぞれの立場や考え方の違いは、話し合うことで徐々に解決していった。家事をするときも、事前に「いまから○○をしようと思うけど、大丈夫?」と確認するようにした。喜ばれることをしてあげないと、サポートしても意味がないのだ。そして、どんなに大変で面倒でも、最後に妻に喜んでもらえれば、夫は嬉しいのだ。

 育児のパートナー(妻)を喜ばせること、妻の気持ちを何よりも考えることの大事さに気づいた私には、いろいろなことが腑に落ちてきた。

 当時を思い出しては未熟な自分を反省

 今になって妻に改めて話を聞くと、実はこの日の“皿洗い事件”で怒りが爆発する前から、徐々に不満が鬱積していたそうだ。育休に入った直後の私は家事に追われてオーバーワーク気味となり、一人で勝手にイライラしては雰囲気を悪くしていたという。何かあるたびに私が娘を叱ったことも、八つ当たりにしか聞こえなかったそうだ。妻はそれに耐えられなかったのだ。私も新しい生活に戸惑い、うまくいかないことが多く、寝室で授乳中の妻に「あれやって!」「これやって!」と次々と指示されることにどこか不満があった。心の中で「授乳や抱っこで忙しいのは分かるけど、こっちもいろいろと大変なんだよ!」と何度もつぶやいてはストレスの捌け口を探していた。

 妻は妻で夫をしっかり観察していたのだ。妻が言うには、私は「一つ一つの家事を完璧にこなそうとするため、設定したゴール(時間)が大幅にずれていた」のだそうだ。私の性格もあるかもしれないが、ふだん慣れない料理でもいったんやり始めると没頭するという男性は少なくないだろう。妻は「少し雑でもいいから、もう少し手を抜いて、すべての家事がゴールに向かうようにしてほしい」と思っていたという。

 今となっては当時の自分に「奥さんテンパってるのに、のん気に皿洗ってんじゃないよ!」とツッコミたくなるくらいに反省している。このケンカは私にとって全く無駄な経験ではなく、これをきっかけに男性と女性は脳内も体も、置かれた立場(役割)も、そして育児に対する考え方も大きく違うことを改めて実感し、その後の育児においての指針や教訓とした。

 次回は育児や育休をめぐる社会環境や制度などインフラ面を中心に記そうと思う。とくにベビーカーを押しながらの電車移動は、とんでもない体力と忍耐力を要するのだが、ここまで便利になった時代に生まれてよかったと思えることもたくさんあったのだ。

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