俳優・佐々木蔵之介さん 父を亡くし…50歳、終活を意識 心に残った「先祖を大切に」
誠実さと演技力で存在感を発揮する佐々木蔵之介さん。2年前に父を亡くし、今年50歳になったこともあり、終活を意識するようになったという。家業の造り酒屋を継いでほしいと願っていた父との対立と和解、そして家族への感謝の気持ちを語った。
父の思い
俳優の道に進む、と父に伝えたときは怒られました。実家は京都の洛中で「佐々木酒造」という造り酒屋をやっています。私は次男坊ですが、家業を継ぐつもりで大学は農学部に進み、発酵技術やバイオなどについて学びました。卒業後は、できたお酒を売ることも大切だと考えて、宣伝や販売のノウハウを身につけるため、広告代理店に就職しました。そして2年半、会社勤めをして、私は父に伝えました。
「会社を辞める」
「そうか、家に入るか」
「いや、芝居をやる」
そりゃ、怒りますよね。
「何のために大学へ行かせたと思っとるんや」と。自分が親の立場でもそう言ったと思います。
演劇は大学時代に始めました。役者になろうと決めたのは間違っていたとは思いませんが、当時は衝動的で冷静な判断ができていなかったように思います。
父は小学校のころから佐々木酒造を継ぐことが決められていました。学生時代に先代が亡くなり、大学を卒業後、22歳から社長として会社を切り盛りしていました。
かつては洛中にも造り酒屋が多かったのですが、日本酒需要の低迷のあおりで蔵元はどんどん減っていきました。父はマンション経営のようなことは一切せず、酒造り一本で家を守り通し、われわれ兄弟3人を育ててくれました。本当に感謝しています。
空前のヒット
役者になってからは勘当に近い状況でしたが、私がNHK朝ドラ「オードリー」(平成12年度下半期)に出演したことがきっかけで、父と和解することができました。
役者として成長したからではありませんよ。実は朝ドラに合わせて佐々木酒造で「オードリー」という期間限定のお酒を造ったんです。私が広告代理店時代のノウハウを生かしてパッケージを考え、番組のポスターと一緒に酒販店に持っていきました。放送がお歳暮の時期と重なったこともあり、創業以来の大ヒット商品になりました。それで和解。売り上げに貢献したからなんです(笑)。
以来、父は「次のドラマは何ていうんや」と、私の出演作のタイトルを聞いてくるようになりました。「ハンチョウ」というお酒もできました。ただ「悪意」というドラマに出たときは「それはあかん」と。
父は28年10月に亡くなりました。佐々木酒造は弟が継いでくれています。
代々のお墓に
実は、父が亡くなってから、自分の終活についても少しずつ意識するようになりました。私は結婚していないので、生命保険の受け取りはどうするか、などを書き残しておいた方がいいな、とか。もっとも、考えるだけで全然実行していないですけどね(笑)。
お墓は京都市内のお寺に佐々木家代々のお墓があって、私もそこに入るつもりです。
子供のころ両親とお墓参りに行って、「先祖を大切にしなさい。いいかげんにしていたら、自分がお墓に入ったとき、いいかげんにされるよ」と教えられました。そのことがすごく心に残っています。
先日までフジテレビ系のドラマ「黄昏流星群」に出演していました。ラブストーリーは初めてだったので、いろいろと学ぶことがありました。ドラマは中高年の切ない恋愛を描いた物語でした。恋愛なんて過去のものと思っていた主人公たちに、ある出会いがあって、「こんな気持ち、忘れていた」と気づく。それはいわば不倫なのですが、そこにある感情はとてもピュアなものなのだと感じました。(「終活読本 ソナエ」2018年秋号から)
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【プロフィル】佐々木蔵之介
ささき・くらのすけ 俳優。昭和43年、京都市生まれ。神戸大農学部卒。平成12年、NHK連続テレビ小説「オードリー」で注目され、18年に「間宮兄弟」で映画初主演。日本アカデミー賞優秀主演男優賞(27年、映画「超高速!参勤交代」)など受賞多数。
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