【5時から作家塾】「地方の文化」を東京で、小倉発の文化「どぎどぎうどん」を食べる
うどんほど地方色がはっきりと出る食べ物もそうそうないのではないか? 例えば、秋田の稲庭うどんと福岡のうどんは全て同じうどんでも「ほぼ別の食べ物」だろう。
関西出身の方の多くが、がっつり醤油色をした東京のうどんを見るとカルチャーショックを受けるとも聞く。もはや「うどん=地方の文化」といっても過言ではない。
そこで今回注目したいのが福岡県北九州市にある街・小倉発祥のうどんだ。福岡のうどんと言えば白だしと柔らかさが特徴的なうどんが有名だが、この小倉発祥の肉うどんは別物だ。そしてこの小倉の肉うどんは、コアなファンのハートを掴んで離さないという。甘濃い醤油出汁にトロトロの牛肉が丼全体に広がり、きわめつきの生姜がたっぷり入っている。「どぎどぎうどん」と呼ばれたりもして、北九州が誇るご当地グルメだ。
このうどんの魅力にハマる人はかなりハマるようで、博多からわざわざ60キロ近くの距離をものともせずに通う人もいる。「最後の晩餐は絶対『どぎどぎうどん』!」という人までいるようだ。
今回、この小倉のうどんが東京でも食べられるという話を聞いた。さっそくお店に向かい、この小倉発祥のうどんは地元ではどんな存在なのか、そしてなぜ店主は東京で小倉のうどん屋さんを始めたのか、など詳しく聞いてみることにした。
地元で有名になってることすら知らなかった
東京都中央区日本橋室町、JR神田駅から徒歩5分ほどの裏通りにある「神田肉うどん」。店主の渡部真太郎さん(50)は北九州市小倉の出身だ。子供の頃から小倉のうどんを食べて育ってきた。40年前は今のようにご当地グルメなわけでもなく店がたくさんあるわけでもなかったという。
「どぎどぎうどんという言葉さえなかったんじゃないかなぁ。俺も別にこの小倉の肉うどんが地元で流行ってるから『よし東京でやろう!』って意気込んで始めたわけじゃないし……。東京に住んで何十年もたってるし、このうどんが地元で有名になってることすら知らなかったんだよなぁ」(渡部さん)
渡部さんによると、小倉でも白だしに柔らかい麺のいわゆる「福岡のうどん」のほうがメジャーな食べ物らしい。ではなぜこの小倉のうどんはこんなにファンがいるのだろうか?
万人受けはしないが、ハマる人は「ど」ハマりする
「万人ウケするうどんじゃないんだよなぁ。東京で博多うどんを出す店に何人か連れて行ったことがあるんだけど、皆『普通に美味い』と言いながら食べるんだ。けどその10人をうちの店に連れてくると、半分は『口に合わない』、もう半分は『めちゃくちゃ美味い!』という感想になるんだよね。」(渡部さん)
そう、この小倉の肉うどんは決して誰からも好かれる無難なうどんではない。地元でも「ど」ハマりした人がわざわざ博多から通ってでも食べたりする、そんな好きな人が選択して食べる物なのだ。
そして渡部さんも、「ど」ハマりした人間の一人だ。
「俺が子供の頃に食べたうどんに入ってた肉の味が忘れられなくてさ。きっと内臓系だったり頭系の肉だったりすると思うんだけどね。鮮明に覚えているんだ。ものすごく美味かったってことを。そしていつかこの小倉スタイルのうどん屋をやりたいと思ってたんだ。肉は牛すじを使っているけど、今でも子供の頃に食べた肉はなんだったのかを探しているよ」(渡部さん)
渡部さんが店を開いたのは2011年8月。以前は家電を扱うサラリーマンだった。
「東京で小倉の肉うどんを出す店は俺の知るところでは1件もなかったから、ぜひ東京の人にこのうどんを知ってほしいという思いから東京で開店したんだ」
開店から7年半たった。常連客も増えてきた。やはりお客は九州のうどんを珍しがってくる人、小倉出身の人が懐かしがって来るというより一度食べた人が「このうどん」のために来るのだという。彼ら彼女らにとっては「このうどん」じゃなきゃダメなのだ。
やってくるお客の心理は、決して万人受けしなそうな激辛カレーや、やたら大盛りのラーメン屋さんなどにハマって常連客として通うようになるのと似ているかもしれない。
「ハマる人にはハマるので、まずは一度この小倉のうどんを1人でも多くの人に試してほしい」(渡部さん)(ジャイアント佐藤/5時から作家塾(R))
《5時から作家塾(R)》 1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。
関連記事