【ミラノの創作系男子たち】締切が迫っても焦らず 建築家ライ氏が考える「時間」とは?
建築設計事務所のボスというと、建物の全体イメージを手書きでスケッチし、あとの設計は所員に任せ、時に作業の途中で口を挟む「(部下にとって)コワイ人」というイメージがある。(安西洋之)
建築家のマウリッツィオ・ライは、次のように語る。
「かつてのボスはそうだった。しかし、今はそうではない。所員は部下ではなくコラボレーターであり、彼らと共に作り上げる。共創だ。まっ、しかし所員の説明では納得しないクライアントも少なくない、という実態はなかなか変わらないけどね」と苦笑いする。
クライアントにはボスが説明する。なぜなら「誰がこのデザインが良いと言うか?」が、施主にとって殊のほか、重要だからだ。クライアントは何が良いか、自身でそう分かっているものではないというのが彼の見立てだ。
代々使ってきた思い出のテーブルだと大切にしていても、何かの弾みで壊れて廃却処分にする。本人は数日も経過すると、その細工などきちんと覚えていない。こういうシーンを何度も見てきたマウリッツィオは、クライアントが愛してやまないだろうと確信をもてる、クライアントの期待を(良い意味で)裏切るデザインをすることが、建築家の仕事であると考えている。
彼の仕事の第1ステップは、クライアントの満足する「機能」を考え、それをクリアしてから、じょじょに「服を着せていく」。
「建物のシンボリックなイメージを、最初にスケッチで描くということをしない。いってみれば、ぼくの作業は数字から出発する。レストランの経営者が50人分の席が欲しいというのに、40席だけしか入らないスペースだったら、クライントが喜ぶはずがない」と雰囲気からは想像しがたい、意外なセリフが出てくる(失礼!)。
ペンでガンガンに大胆なスケッチを描いていくタイプだと、勝手に想像していた。
というのも訳がある。かつてマウリッツィオから「ぼくはスポーツで身体を痛めつけて、その内から爆発するように出てくるエネルギーを創造意欲に繋げる」と聞いていた。しかも体つきから話ぶりまで含めて、胸は厚くそして心は熱い男だ。
「ぼくの人生はカラフルだ、と形容できる」とまで語っていたのだ。
それが数字だって?
彼はとことんと考えを突き詰め、「あらゆるところに疑問を持ち続けるのがやめられない。裏と底には何があるのか、といつも考える。これは自分の弱みかもしれない」とさらに自分さえ疑う。
外見に似合わず、禁欲的で合理性を重んじる人間だ。
その彼に、好む3つのスポーツをどう使い分けしているのか、あるいはそれぞれにどういう意識を向けるのか、と聞いてみた。3つとは、スキー、スカッシュ、スキューバダイビングである。
彼はラケットを手にするスポーツは何でも夢中になる。卓球、テニス、バトミントン。スカッシュでは国内選手権で優勝したこともある。スキューバダイビングは指導員の資格をもち、休暇の際はインストラクターとしても潜る。冬はスキーだ。
スキーは1人で自分をじっと見つめるのによい。したがって、クライアントに会う前でも提案する前でも、または施工の最後の段階でも必要な「内省的である状態」をキープできる。
スカッシュは相手との対決である。駆け引きもある戦略的な側面が強い。これはクライアントとコンセプトをかためていくステップで、効果的な競技である。クライアントと会う前にやると、攻撃的になり過ぎるかもしれない。とれる仕事もとれなくなる。
スキューバダイビングは、彼の場合、集団活動だ。海底で生徒を引き連れ、それぞれの状況に細心の注意を配っていないといけない。施工がはじまって以降、現場の人たちや設計スタッフがチームでスムーズに動ける環境を作っていくに相応しい技量を意識させてくれる。
なかなか上手いコンビネーションになっている。
そんなマウリッツィオにとって最大の関心は「時間とは?」である。
「来週火曜日にある都市計画の提案をしないといけない。でも1週間もきっているのに、まだコンセプトが決まっていない。それで動きまわってインプットに努め、あがくが出てこない。が、必ず来週の月曜日にはアイデアが出ると確信をもっているから焦らない」
締め切りが自分の意思を決める大きな要因であり、いくら無限に時間があったからといってベストな考えが出てくるとは限らない、と自らの「癖」を熟知している(または「諦めている」)。
彼が時間を語るに、もう1つ別の例がある。どんな素材であろうと、どんな形状であろうと、何百回と手で撫でていると「必ず、それが愛おしくなる」。
自分が今それほど魅力的と思わないものでも、撫でまわしていると好きになれる。これについての絶対的ともいえる自信がある。自分だけでなく、他人もそうだ、と。
そうか!とぼくはここで合点がいった。
彼は自分で愛してやまないデザインを、クライアントに「如何に撫でまわしてもらうか」をじっと考えているにちがいない。
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【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。
安西さんがSankeiBizで長年にわたり連載しているコラム【ローカリゼーションマップ】はこちらから。
【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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