【著者は語る】佐田展隆氏『迷ったら茨の道を行け』
□株式会社佐田代表取締役社長・佐田展隆氏
■借金地獄からの復活劇 赤裸々に明かす
「表紙はこの写真で行きましょう!」とダイヤモンド社の編集者が示したのは、私が自社のオーダースーツを着て富士山頂からの山スキーに挑んだときのものでした。私の会社は仙台と北京の郊外の専門工場による直販店「オーダースーツSADA」を全国に49店舗展開しています。スーツの「窮屈」「動きにくい」とのイメージを、さらにはオーダースーツの「敷居が高い」というイメージを壊したいという思いから、私は自社オーダースーツをまといスキーでジャンプし、東京マラソンを走り、富士山に登るなどした動画をYouTubeにアップしています。そのため、私は「破天荒な経営者」というレッテルを貼られがちで、表紙がこの写真ではその誤解を助長することになると否定的でした。しかし編集者は「佐田さんはお父さまから倒産寸前の会社を引き継ぎ、想像を絶する苦難を乗り越え、命がけで立て直された。この写真こそが、佐田さんの覚悟を顕著に表していると思います」と譲りませんでした。
私はバブル崩壊で致命傷を負った父の会社を引き継ぎ、立て直しに奔走しました。一度はファンドに会社を渡し、父を自己破産させて、一族が全てを失う苦しみも味わいました。東日本大震災後、再びこの会社を率いる運命を与えられ、今にいたっています。40代前半の私が本を書くなどおこがましいと、出版の話を一度は断ったのですが、「あなたの物語は、多くの中小企業経営者や人生に悩む人たちを必ず勇気づける」と説得され、筆を執る決意をしました。
大赤字の借金地獄という先の見えない暗闇の中で、父と胸ぐらをつかみ合い罵(ののし)り合った。金融機関の厳しい詰問の嵐に眠れない夜を過ごした。一族が全財産を失い住み慣れた家を手放さなければならなくなった。「あなたには付いていけない」と幹部たちから次々に辞表を突き付けられ途方に暮れた。
そんな絶望の中で、何が苦しく、何が悲しく、何が悔しかったのか、その困難をどのように乗り越えたのかを、可能な限り赤裸々に明かしています。
うれしいことに、読者から感謝の声を頂き、人気テレビドラマにひっかけ「リアル陸王だ」と言ってくださった方もいます。表紙の写真についても、編集者の判断が正しかったようで、とても好評です。(1500円+税 ダイヤモンド社)
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【プロフィル】佐田展隆
さだ・のぶたか 一橋大学経済学部卒。1999年、東レ入社。2003年、父に請われ株式会社佐田入社。05年、代表取締役社長就任。07年、金融機関の債権放棄とともに、会社を再生ファンドに譲渡。08年、佐田退社。11年7月、佐田復帰。12年代表取締役社長再就任。オーダースーツの工場直販事業強化を柱に企業改革を進め、会社業績を安定化。現在では自社をオーダースーツチェーン店舗数日本一に成長させている。
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