【ローカリゼーションマップ】日常の“不出来”指摘された気分? 「生き延びる力」について考える

 
好きなものや素材に囲まれた生前の辰巳渚さん(大河内偵さん撮影)

 10代の頃から「日常生活」という言葉や概念にやたらと惹かれ、高校生のときから、雑誌『暮らしの手帖』を小遣いで定期購読していた。日常生活を考え方の拠点とすれば、何ごとにもしっかりと対処することができるとの想いがあったのだろう。今からみれば逆に地に足のついていない日常生活という世界への憧れだった。(安西洋之)

 実は、その後も「日常生活」という言葉が入っている記事は読むことが多い。今から10数年前、ベストセラー『「捨てる!」技術』の著者・辰巳渚さんの文章も、そうした守備範囲のなかで「発見」したはずだ。

 辰巳さんは昨年6月、バイクの事故で急逝されたが、彼女は亡くなる前にほぼ書き終えた本の原稿を残していた。それが『あなたがひとりで生きていく時に知っておいてほしいこと-ひとり暮らしの智恵と技術』(文藝春秋)である。はじめにはご本人が書いているが、あとがきは昨年二十歳になった長男・加藤寅彦さんが記している。

 この本は家を出て自立する子どもを対象にしているが、実家から離れた大学に入った加藤寅彦さんは次のように書いている。

 “私がこの本を読んでいると、今まで教わってきてことを、もう一度、ひとり暮らしをするにあたって、母から仔細に教わり直しているような…そんな感覚に陥るのです。実際、自分ができていないポイントについて読んでいる時には、チクチクと指摘されているような気持ちになりました(笑)”

 とっくの昔に親元から遠く離れた場所で家族を構えて生活をしているぼくも、正直、辰巳さんにチクチクと指摘されているような気になった。

 “毎日のように使う革製品は、手入れしないとワンシーズンでダメになります。手入れができないなら、あなたはまだ革製品を身につけるほど大人になっていないのだと自覚して、これからは合成皮革やビニールなど手入れの必要のないものを買うようにしてください”

 あっ、あの靴、しばらく手入れしていない!言われちゃったなあ、大人じゃないって。

 自立して最初の3カ月間は、それまで実家で経験してきたことを思い出しながら、生活の基本を作ればよい、と辰巳さんは冒頭で助言している。

 料理の手順からトイレの掃除の仕方まで、ひとつひとつだ。そうすると何かが欠けていると気づいたとき、自分で考えるようになる。これが自立のはじまりだ。

 1年ほど経てひとりの生活を振り返る際は、以下のようなことに気づいて欲しいと語る。

 “願わくば「生活というあたりまえのことの大切な意味」を感じられるようになってくれていると嬉しいです”

 “「自立して生きる」「家事をする」ことが、あなたに生き延びていく力を与えてくれると私は信じています”

 無人島でサバイバルするには火をおこせないといけない。だが、多くの人はそういう類の生き延びる力ではなく、病気のときに他人に助けを適切に頼める、怪我したときに工夫して家事をこなせるという力が必要になる。あるいは、例えば、服の洗濯やアイロンをかけることで他人から清潔だとみなされ、信頼されるための配慮をするのが大切なのだ。

 さて、ここで思い出話を少々しよう。

 ぼくは辰巳さんと10数年前から時々お会いしていた。何を生活の規範とするのかについてよく話し合った。携帯電話にカメラ機能がついたころ葬式の様子を写真におさめる人がではじめ、その行為をどう判断すべきなのか、とか。

 辰巳さんは『日本人の新作法: シンプルで、失礼のないおつきあい』という本を2005年に出版した。たしかこの本が出る前に前述のような話をしていた記憶がある。

 今、アマゾンをみると、出版社からの説明がある。以下だ。

 “日常生活のおつきあいについて、日本の伝統や正しいしきたりを教えるマニュアルはすでにたくさんある。けれども、それらのしきたりと私たちの日常感覚がずれはじめていて、日々の具体的な悩みにすっきりと答えてくれなくなってきた。かといって、自分なりに好きに振舞えば済むのか、というと、そうでもない。(後略)。”

 前々から日本の古くからの流儀へ窮屈さを感じていたぼくは、この本を新しいライフスタイルの提案として読んだ。

 しかしながら、残念なことにあまり売れなかったらしい。というのも40歳の辰巳さんが日本の作法を説く、という構図が受けなかったようだ。もっと年齢の上の女性がカバーすべき話題と思われていたのだろう。

 一方、遺作となった『あなたがひとりで生きていく時に知っておいてほしいことーひとり暮らしの智恵と技術』における文章は、50代前半という年齢に相応しく、とても説得力がある。親が子どもの成長のどこをみればよいのか、という助けにもなる。他に何を願えばいいのかと思うほどに愛情に溢れている。

 この本は実家を離れたばかりの20代の子どもだけでなく、生活者である誰もが読める。自立の術を考えなくてもよい人はこの世に稀だ、ということを気づかせてくれる。そして、歳を重ねて得てきた経験はまんざらではないとの自信も持たせてくれるのだ。

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【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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