受験指導の現場から

「数学が得意」だったら理工系向き? 文系人間こそ知っておきたい

吉田克己
吉田克己

 昨年6月、「早稲田大政治経済学部が2021年から一般入試で数学を必須化する」(産経ニュース)との発表があり、各方面に衝撃?が走った。同時に、選択科目もこれまで、(1)世界史、(2)日本史、(3)数学I・A,II・B の3科目だったのが、(1)地理・歴史、(2)公民、(3)数学II・B、(4)理科 の4科目に変わる。さすがに、選択科目に理科を選ぶ受験生は少ないだろうが、地理・歴史または数学II・Bを選ぶ受験生は、けっこうな割合で出てくるだろう。

 一方で、翌7月1日、「早大の入試改革 理系も国語を必須科目に」(同)との文理逆の視点からの記事も報じられている。筆者は、この主張にも一部賛成である。現代文に限りではあるが、センター試験の国語を課さない大学については、理系学部であっても現代文は必須とすべきと考えている。

 さて、今回のテーマであるが、“「数学が得意!」だったら理工系向き”とばかりに、理工系学部への進学を考えたほうがよいのか? について考えてみたい。

 医者に数学は必要?

 文系分野の中にも、あるいはその延長線にある職業にも、数学の素養が必要な分野がたくさんあることに異論はないだろう。すぐに頭に浮かぶだけでも、経済・経営、財務・会計、税務、金融…と枚挙に暇がない。数学の中でも特に統計学は、お金や産業・経済に関わる仕事をする上では、今や必須の素養である。

 数学と言っても、せいぜい実数の範囲内での計算、及び一部の初等関数の概念と、平均や標準偏差、回帰分析といった統計学の一部で済むことがほとんどなのだが、それでも、「方程式が苦手な税理士」とか、「標準偏差が分からないマーケッター」とか、「回帰分析ができないアナリスト」なぞ、あり得ない--というか、いてもらっては困る。

 一方で、理系学部の延長線にある職業だからと言って、仕事の上で数学が必要になるかと言えば、必ずしもそうではないだろう。周知のとおり、医学部と言えば最難関学部であり、数学が得意でなければ合格は覚束ない。

 しかしながら、数学のデキ次第で医者の卵になれるかどうかが決まるということだと、筆者としては少々違和感を覚える。実際には、理工系学部よりも医学部のほうが、相対的に理科の配点が重くなっている大学が多く、この点にはうなづける。

 塾の数学講師たちって?

 閑話休題。一般的に、塾講師には高学歴者が多いのは確かだが、じつは数学を担当科目のメインにしている講師には、意外や文系学部在籍・出身者が少なくない。どういうことか? 

 例えば、こんな例がある。

(1)A講師のケース

 私立トップクラスの大学(文系学部)を受験(一般入試)する際、選択科目として社会科(日本史、世界史、政治・経済のいずれか)から選ばず、数学(数学I・A・II・B)を選択し、英語・数学・国語(国語総合・現代文B・古典B)の3教科で受験して合格。塾(小・中学生対象)では、数学(算数)を中心に(英語も)担当。大学卒業後、海外渡航を経て、中学校の教諭になった。

(2)B講師のケース

 高校受験時に私立トップクラスの大学付属校を受験(英・数・国)して合格。全教科の中で数学がいちばんの得意科目であったが、高2になる時点での文・理クラス分けの際には文系クラスを選択し、文系最難関学部へ内部進学した。塾では高校受験の数学をメインに担当。就職先としてマーケティング関連を考えている。

(3)C講師のケース

 高校受験時に私立トップクラスの大学付属校を受験(英・数・国)して合格。3教科の中でいちばん得意なのが数学だったことから、高2になる段階で理系クラスを選択。しかしながら、理科がいまひとつだったため、高3になる時点で文系クラスに移り、大学も文系学部に内部進学。塾では主に数学・算数を担当する傍ら、大学在学中の公認会計士試験の合格を目指している。

 ビジネスマンこそ数学が必要だ

 といった具合に、世の中には「数学の素養がある文系学生」は少なくない。理科系(技術系)人材の不足が叫ばれて久しいが、理科系の学者や研究者、技術開発者は相対的には少数精鋭でよいかもしれない。

 むしろ、経済活動の現場にいる経営者やビジネスマンの中にこそ、統計センスを備え、IoT(モノのインターネット)やAI、ビッグデータ、フィンテック等々を理解し、活用できる人材がより求められているはずだ。

 かのイギリスの生物学者、ジョン・メイナード・スミスは、物理学か生物学か、研究者としてどちらの道を往くか思案していたとき、恩師に「数学が得意なのであれば、これからの時代、生物学に進むとよい」とアドバイスを受けたという。進化生物学者の先達であり、第一人者として知られるスミスは、ゲーム理論などの数学的理論を生物学に導入した。

 「数学が得意」なら最先端文系学部・学科を目指すのは、今や合理的な選択なのではないだろうか。

吉田克己(よしだ・かつみ)
京都大学工学部卒。株式会社リクルートを経て2002年3月に独立。産業能率大学通信講座「『週刊ダイヤモンド』でビジネストレンドを読む」(小論文)講師、近畿大学工学部非常勤講師。日頃は小~高校生の受験指導(理数系科目)に携わっている。SankeiBiz、ダイヤモンド・オンラインで記事の企画編集・執筆に携わるほか、各種活字メディアの編集・制作ディレクターを務める。編・著書に『三国志で学ぶランチェスターの法則』『シェールガス革命とは何か』『元素変換現代版<錬金術>のフロンティア』ほか。

受験指導の現場から】は、吉田克己さんが教育に関する様々な情報を、日々受験を志す生徒に接している現場実感に照らし、受験生予備軍をもつ家庭を応援する連載コラムです。更新は原則第1水曜日。アーカイブはこちら