相次ぎ薬に頼らない、製薬会社が力を入れる「ビヨンド・ザ・ピル」
製薬企業が従来の医薬品ビジネスの枠を超え、デジタルヘルスケア事業に相次いで乗り出している。キーワードは「ビヨンド・ザ・ピル(医薬品を超えて)」。デジタル技術を用いた服薬管理や症状解析などの技術開発が進み、ゲームで治療を行うアプリも登場した。高騰する製造コストや創薬の低い成功確率、特許切れ後の収益減など、製薬企業を取り巻く外部環境が厳しくなる中、新分野での開拓に力を入れている。
スマートフォンやタブレット端末を傾けキャラクターを動かし、ときには同時に画面に反応してタップしてゲームを進めていく…。
塩野義製薬は3月、米アキリ・インタラクティブ社が開発中の発達障害の一種、注意欠陥・多動性障害(ADHD)を対象にした小児用のデジタル治療用アプリの日本での独占開発・販売権を得たと発表した。販売額などに応じて、1億ドル(110億円)以上を支払う。アプリは子供がゲームに没入することで、ADHDにおいて機能障害に陥るとされる脳の前頭前野を刺激、活性化させる仕組みだ。
米国では8歳から12歳の小児患者を対象にした治験(臨床試験)が行われ、注意力の改善などの結果を得た。すでに米国では治療薬としてFDA(米食品医薬品局)に承認申請が行われており、塩野義も今年中に国内で治験を始め、保険適用される医療機器としての申請を目指す。
デジタル技術を活用した新しいヘルスケア事業への参入について塩野義の手代木功社長は「どのくらいのタイミングで収益につながるかわからないが、今、手をつけておかなければ、乗り遅れたら、大変なことになるだろう」と話す。
5月に入ってからは人工知能(AI)を使ったインフルエンザ診断機器を開発中の国内ベンチャー企業に12億円出資したことも発表。「このほかにも見ている技術はある」と明かす。
国内製薬大手で、最も早く保険適用を目指した治療用アプリ事業への参入を表明したのは田辺三菱製薬だ。現在、神経系疾患分野などで模索中だが、まずは今年に入って糖尿病患者の生活習慣改善を図るアプリを発表した。利用者が食習慣など生活の記録をつけると、蓄積している重症化した糖尿病患者のデータなどと比較し、助言が導き出される。田辺三菱では将来的に企業の健保組合や自治体に販売する事業に育て、新しい収益源にしたい考えだ。
医薬品に頼らないビヨンド・ザ・ピルという考えが製薬業界に広まる背景には製薬業界独特の産業構造が影響している。
新薬開発には10年以上の年月と1千億円規模の研究コストがかかるとされるが、特許が切れれば後発薬に切り替わり収益は激減する。その中でアプリなどデジタル技術を用いた新領域は単独で収益事業になるだけでなく、既存薬と併用することもでき、薬の販路拡大にもつながると期待されている。
大日本住友製薬はデジタル技術を用いた医薬品以外の新事業を「フロンティア領域」と位置づけ、2030年ごろまでに1千億円の事業規模に育てる計画を打ち立てている。
米国ではリストバンド型のウエアラブル端末を使い、てんかん患者の症状を遠隔で確認する仕組みや、患者の心電図や肺活動、睡眠などの症状を遠隔で計測、管理できる「スマートシャツ」について開発を検討している。野村博社長は「デジタル技術を生かした医薬品以外の事業を、将来的には医薬品に次ぐ収益の柱にしたい」と意気込む。
ただ、「ビヨンド・ザ・ピル」のビジネスモデルはまだ確立されていない。製薬企業のビジネスを大きく変え、収益を支える原動力となるか、注目が集まる。(安田奈緒美)
ビヨンド・ザ・ピル 製薬企業が従来の医薬品事業を超え、デジタル技術を健康・医療分野などに生かして新事業領域に挑むこと。世界の製薬大手がアプリやウエアラブル端末を使った治療や健康管理事業に参入し始めているほか、英国では国を挙げてデジタルヘルスケア振興を進める。国内では製薬企業によるIT企業との連携やベンチャーへの投資が進む。米のリサーチ会社、グローバル・マーケット・インサイツによると日本のデジタルヘルスケア市場は、2017年で30億ドルだったのに対して、24年には201億ドルに拡大すると予測している。