【お金で損する人・得する人】かんぽ不正が晒した構造的問題 郵便局がコンビニに代替される日も遠くない

 

 かんぽ生命から保険販売を委託されていた郵便局において、保険業法違反を含め顧客が不利益を被る保険契約が多数確認されました。かんぽ生命の資料によると、顧客にとって不利益となる可能性のあるパターンは5つあります。

不正の内容

1. 契約見直しの際、以前の契約は解約されたが、新しい保険への加入が持病等の理由で拒絶された

2. 契約見直しの際、持病等の理由で加入ができない可能性のある顧客が、不正な健康状態の告知をし、保険金の支払いを断わられた

3.一部契約の見直しで足りるところ、契約全体を見直すことになり、必要以上に保険料負担が増えた

4.保険内容の変わらない保険への見直しが行われた。その際、保険の利率が低下することで、従来の高利率であるメリットが失われた

5.契約見直しの際、新しい契約がスタートしたにもかかわらず、解約予定の契約が解約なされず、重複して保険料が支払われていた

 上記5点を俯瞰してみると、新たな保険契約を獲得するために、手段を選ばずあの手この手で、新契約の獲得が行われていたようです。また、販売側がメリットを得るために契約の見直しではなく、新規契約の獲得であると見せかる方法も含まれていました。

売り上げの3割が金融・保険

 このような不正が行われた背景として考えられることは何でしょうか。一般的には郵便局員のモラルが低いとか、パワハラで不正に手を染めなくては職場での立場がないなど、複数あるような印象を受けます。

 筆者が最も気になっているのは、政府の保有する郵政グループ株式の売却や、郵政グループ各社が上場したことにより、経営陣が短期的な利益追求に走ったのではないかという点です。

 例えば日本郵便の2019年度事業計画を見てみると、「かんぽ生命の契約を166万件増やす」とあります。生命保険業界の年間契約数が1700万件ですから、そのうち10分の1が郵便局で販売されているのです。前年度より目標数値が低くなっていますが、野心的な目標である印象です。

 また、2019年3月期の決算資料によると、日本郵政グループの12兆7749億円の経常収益のうち、日本郵便の経常収益は3兆9667億円、うち金融窓口事業の営業収益が1兆3625億円と約3分の1。さらに金融窓口事業のうち、保険手数料が3927億円と金融窓口売り上げの3割を保険関連が占めていることがわかります。

 保険手数料は、当年度だけでなく、次年度以降にも受領できる方式が一般的であることから、安定した利益を確保することができます。しかも、保険の販売が奏功するとグループ会社のかんぽ生命の売上アップにも寄与するため、1粒で2度おいしい販売計画になっている可能性も否定できません。むしろ、保険販売に成功すると、かんぽ生命の売上アップに寄与する構造です。

コンプライアンス意識の欠如か内部統制の欠如か

 かんぽ生命は苦情の把握がされていたとしています。しかし、経営陣には声が届いていなかったか、苦情を過小評価していたのでしょう。これでは企業統治ができていなかったと言われても仕方ありません。

 経営陣が聞く耳持たなかったのか、不都合な声を経営陣に届ける体制ができていなかったのか、今のところわかりません。かんぽ生命のような大企業において、経営者に対して自分の任期中に不祥事を積極的に公表、改善するようなインセンティブが働いているとは思えません。むしろ、自分の任期中には何も起きて欲しくないと考えるのが普通ではないでしょうか。

※画像はイメージです(Getty Images)

 少なくとも、筆者には目標達成が不可能な数値が各郵便局に振り分けられ、それを達成するために、不正販売に手を染めざるを得なかったのではないかと考えています。少し話がそれるようですが、山口周氏の著書「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」では、利益追求が過ぎると、コンプライアンス違反が発生すると暗示しており、今読み返すと予言のようでもあります。

 今回の不祥事は日本郵政グループに限らず、どの企業にも当てはまることでしょう。筆者が、民営化とそれに伴う株式上場が今回の問題を根本だと指摘する理由のひとつもそれで、利益追求の姿勢があまねく郵便関連サービスを提供するという企業理念をゆがめてしまうからなのです。

民営化と株式上場で背負った“重荷”

 政府の保有する郵政グループ各社の株式を高い値段で売却したいという意向や、上場企業が株主のために利益を確保しなくてはならないという事情もあるでしょう。一般的に企業の株価は、将来の業績を反映していると考えられますから、将来高値で株式を売却したい場合、短期的に利益を増やしたいという考えはなかったでしょうか。上場株式であれば、株主への配当の還元や、株価の安定的な上昇を実現するのに、利益追求を優先し顧客に対する敬意が払われていなかったのではないでしょうか。

 郵便局の簡易保険の販売は、民営化前からずさんであったという意見もあるでしょう。金融庁が監督庁として目を光らせたからこそ、今回の事案が公になった可能性も否定できません。

 筆者は民営化、株式の市場放出に伴い、無理な経営目標が設定されたと感じます。保険商品の販売は難しく、保険業界の離職率の高さが販売難易度の象徴とされています。一方で、郵便局は、生活インフラとして定着しており、住民は郵便局職員の名前を憶え、親しい友人のような人間関係を構築しています。職員もひとりひとりの顧客の顔と名前が一致するような距離感ですから、お中元、お歳暮、年賀状や暑中見舞いはがきなど、必要に応じて提案するというより、お願いベースで購入にいたるようなこともあるでしょう。

 住民にとっての生活インフラである一方、運営する日本郵政グループにとっては、郵便局が収益を上げるための仕組みの最前線です。家族のように信頼している郵便局員から、必要性の薄い保険商品を提案されて、断るのは難しいだろうことは想像に難くありません。

郵便局のあるべき姿

 筆者は保険商品や投資信託を販売し、日銭を稼がなければ存続が危ぶまれるような収益構造こそが、今回の問題を解決が難しくしていると考えます。郵便局の収益構造は、銀行も同様ですが、今回は郵便局の問題であるため状況説明は割愛します。

 もはや、民営化の後戻りができるとは思いません。全国の郵便局を国民の生活インフラとして店舗ネットワークを維持することを目標にするのであれば、郵便費の値上げ、預金や振込業務の機械化、郵便窓口業務の機械化、口座維持手数料などを推進し、健全な形で収益を上げる構造を目指す必要があるでしょう。

 理想を言っても、既に上場されており、後戻りできない状況にある日本郵政グループは、今後も保険商品の販売を継続するしか道はありません。

郵便局 「金融機関」としての未来

 筆者の家族もかんぽ生命保険に加入しておりました。非常に古い契約でしたので、本来はあり得ないはずの「契約者=自分」「死亡保険金受取人=自分」という契約形態で、郵便局の知識の無さに驚いた経験があります。金融商品は素人が販売するのは危険です。人の財産を破壊するほどの威力をもっていますから、取り扱いは慎重である必要があります。

 一方で、郵便局員はどれほどトレーニングされていたのでしょうか。郵便局の経営スタイルが今のような状態になることを予想して、あるいは理解して働き始めた人はどの程度いるのでしょうか。地域に貢献しながら、地元で働きたいというニーズ就職した人も多いはずです。金融機関であるという認識で就職活動をした人はどの程度いるのでしょうか。銀行、証券、保険、信販(カード)など、金融機関は難しい法制度とそれを守る倫理観がなければ機能しません。それには、相応のトレーニングが必要です。

 郵便局員のトレーニングは一筋縄ではいかないでしょう。今後は、販売目標などではなく、たとえばファイナンシャルプランナーの資格取得を販売担当者に課したり、お客様とのコミュニケーションを円滑にし、顧客意向を掴むためのカウンセリング研修など、時間がかかり効果測定が容易でない領域の取組を増やすことも必要だと考えます。

 高齢者の利用が多い郵便局だからこそ、どの企業よりも高い倫理観で仕事に従事する必要があります。それは、高齢者の財産を守るためでもあります。もし、今まで通り利用者の財産を守ることができない状態を維持するのであれば、郵便局という存在がコンビニエンスストアに代替される日も遠い未来の事ではないかもしれません。むしろ、郵便局に人々が求める機能をコンビニがすでに代替している事実は、コンビニの少ない過疎地を除けば、郵便局の必要性がなくなっていることを意味しているといっても過言ではありません。

【プロフィール】高橋成壽(たかはし・なるひさ)

ファイナンシャルプランナー CFP(R)認定者
寿FPコンサルティング株式会社代表取締役

1978年生まれ。神奈川県出身。慶応義塾大学総合政策学部卒。金融業界での実務経験を経て2007年にFP会社「寿コンサルティング」を設立。顧客は上場企業の経営者からシングルマザーまで幅広い。専門家ネットワークを活用し、お金に困らない仕組みづくりと豊かな人生設計の提供に励む。著書に「ダンナの遺産を子どもに相続させないで」(廣済堂出版)。無料のFP相談を提供する「ライフプランの窓口」では事務局を務める。

【お金で損する人・得する人】は、FPなどお金のプロたちが、将来後悔しないため、制度に“搾取”されないため知っておきたいお金に関わるノウハウをわかりやすく解説する連載コラムです。アーカイブはこちら