【高論卓説】「サウンドを設計」する時代 健康むしばむノイズに要注意

 
※画像はイメージです(Getty Images)

 大阪で「悪趣味」との批判を受け大阪のメトロが駅のデザインを変更した。有識者を含む約2万人からの署名が提出されていた。毎日の通勤通学でその光景を目にする人たちにとっては、視覚の暴力以外の何物でもない。そうでなくとも、現在の消費者は1日に約5000もの広告にさらされているという。視覚の暴力には気付きやすいが、実はもっと深刻な問題がある。それは、音(サウンド)である。心地よい音楽ばかりが流れている世の中であればよいが、音楽の好みも違うであろうし、さまざまなノイズが存在するのが現実である。(芝蘭友)

 筆者も先日、講演会を聴講しに出かけてノイズを経験した。横の席に座った女性のパソコンのキーボードを打つ音である。長い爪の先端でキーボードを操作し、パチパチとなる不快な高速音。壇上にいる登壇者の話に集中できなくて苦労した。電車内であれば耳を塞いで好きな音楽でも聴けばいいが、話を聞きに来ているのだから耳は塞げない。偶然の一回きりなので我慢はできるが、これが職場の同僚で隣の席にいるとなると心身が間違いなくやられる。デザインなど視覚の暴力は見えるが、サウンドによる音の暴力は見えにくい。そして健康にとてつもない悪影響を与えている。

 WHO(世界保健機関)の調べでは、バックグラウンドノイズによる身体不調や休職、それに伴う医療費、生産性の低下はイギリスでは約4兆円の損失に上るとされている。頭痛、自律神経の乱れ、不眠、血圧の乱れによる体調不良などの原因が、身の回りにある「音」が原因だということに気付いている人は少ないのではないだろうか。

 サウンドロゴという言葉も、少しずつ定着してきた感のある世の中。企業名や商品をサウンドにのせてアピールする手法である。知らず知らずのうちに口ずさんでいたり、その音を聞くと「あの企業のCMだ」と分かるというのは、サウンドロゴのデザインがなされているからである。

 企業はサウンドでブランディングができることを知っている。さらに、サウンドによって人の感情を誘導できることを知っている。サウンドが人間の感情をどのように操作し影響を与えているのか。例えば、歩くスピード、購買量、滞在時間、食べる速度にも影響を与える。アップテンポのBGMが再生された環境下では、スローテンポのBGMの再生時と比べてアルコールの注文数が平均約3杯も多くなったという結果もある。

 スーパーマーケットでは、スローテンポな曲とアップテンポの曲を再生した日を比較すると、売り上げが変わるという。

 騒音がひどいと咀嚼(そしゃく)回数が増え、早食いを促してしまうそうだ。見えない聴覚に訴えかける感情誘導。気づかないだけでさまざまな場所で巧妙な仕掛けが存在することだろう。ノイズが70デシベルまでならば、会話を楽しめるが、ノイズが70~80デシベルならば、声を張り上げて話す必要が出てくる。85デシベル以上で働く人たちには、頭痛、自律神経の乱れ、不眠、難聴のリスクが出てくるという。

 従業員の生産性を下げてしまう原因がバックグラウンドノイズにもあったとすると、驚く経営者も多いのではないだろうか。メンタルヘルス、健康維持、従業員の生産性向上のために音環境を見直す必要がある。

 学校、病院、施設の環境設計の一つに、音のデザイン設計も当然のようになされる世の中になっていくことを願いたい。

【プロフィル】芝蘭友

 しらん・ゆう ストーリー戦略コンサルタント。グロービス経営大学院修士課程修了。経営学修士(MBA)。うぃずあっぷを2008年に設立し代表取締役に就任。大阪府出身。著書に『死ぬまでに一度は読みたいビジネス名著280の言葉』(かんき出版)がある。