ニュースを疑え

スマホ依存は「情報習慣病」 東大教授が指摘した歴史的性質

 インターネットに没頭してしまう、メールやSNSを神経質なほど気にする。少し前まで存在しなかった道具が、私たちの生活パターンまで変えている。依存症に陥る若者も多い。言葉の起源を研究する東京大の岡ノ谷一夫教授は「情報習慣病」と呼んでこの現象を説明する。太古の人類が生きるために身に付けた性質をいまもなお、現代人が受け継いでいるのだという。(聞き手 坂本英彰)

(Getty Images)
おかのや・かずお 小鳥のさえずりなどから言葉が誕生するメカニズムを研究している
東京大駒場キャンパス(納冨康撮影)
岡ノ谷一夫氏=東大駒場キャンパス(納冨康撮影)
岡ノ谷一夫氏=東大駒場キャンパス(納冨康撮影)
岡ノ谷一夫氏=東大駒場キャンパス(納冨康撮影)
岡ノ谷一夫氏=東大駒場キャンパス(納冨康撮影)

 --電車に乗るとみなスマホを触っているという風景が日常化してきた。この現象をどう考えればいいのでしょうか

 「それにはまず生活習慣病のことを考えてください。私たちホモ・サピエンスが出現し、進化する過程において食料はたいてい不十分だった。だから目の前に甘いものや脂っこいものがあれば空腹か否かに関係なく、とにかく食べるという行動様式が身に付いた。糖質や脂質は非常に大事な栄養分であり、そうする方が生存において適応的で子孫を残す可能性が高かったのです。ところが農業が始まり、産業革命も起こり、食糧供給が十分になっても、甘味や油脂を好む傾向はなかなか変わらない。食べるものがありすぎるほどある現代では、これが生活習慣病の一因にもなるわけです」

 --身についた性質はなかなか変えられないのですね

 「生活習慣病と同じ論理が、コミュニケーションにも当てはまると思います。ホモ・サピエンスは狩猟採取生活であった期間が長く、集団での社会生活は非常に大事でした。私たちがいま使っているような、複雑な言語を使い始めたのはたぶん6万年前ごろでしょう。集団で狩りをする彼らにとって、どこが危ないとか、どこで木の実が採れるといった情報は非常に重要だったのです」

 噂を気にする特性、生存の可能性高かった

 「さらには集団内の人間関係、つまり噂はもっと重要な情報だった。自分に関して悪い噂が流れていると、食料分配で不利になるかもしれない。男女関係の噂は子孫を残すうえでとても重要です。集団内の行動は生存に密接に関係し、進化の過程で活発にコミュニケーションをして噂を気にしながら行動する特性の方が適応的だったのです」

 --噂だといってあなどれないですね

 「いろんな情報を交換することそのものが、やがては快感になってきたともいえる。一方で、噂話のサークルに入れないと集団内で認められていないと感じて不安にもなる。つながることの快感やつながらないことの恐怖心は、狩猟採取民であった当時もいまも変わっていないと思います。だから目の前につながれる電子機器があると、つながり続けるということが起きてしまうのです」

 --不安の裏返しでもあるということですね

 「狩猟採集の時代には、ひとつのグループは全員が集まっても150人程度でした。当時の会話の基本は一対一の対面で、それでも1日の活動時間の20%ほどをコミュニケーションに割いたと考えられています。いまは電子機器によってつながることができる人数は膨大です。一対一で行っていた習性を引きずって多数とコミュニケーションを取ろうとすると、どうしてもネット依存といわれる状況に陥ってしまうことになる」

 --悪い情報やスキャンダルが拡散しやすいのも狩猟採取時代にさかのぼれますか

 「狩猟採集民にとって、あそこにうまそうなものがあるという情報よりも、あそこは危ないとか、あいつの性格が悪いとかを聞く方が大事なのです。知らないことで肉食獣に食われたり、悪いやつと仲良くなって集団内での立場が悪くなったりする。いい情報より悪い情報の方が重要なのです」

 つながりの確認-サルの毛繕い

 「いまもニュースは悪い出来事が多く、人々も知りたがる。中東のホルムズ海峡で何が起きても当面は生活に関係ないのに、何があったのかを知って安心できる。狩猟採時代に比べて現代は情報が生存に関わることは極めて少ないのですが、知りたがるという心の構えはやはりあるのです」

 「対面で会話をしていても電話が鳴ると出たり、着信メールを確認したりしてしまうのも同じです。目の前の相手の話の重要性は分かっているが、電話やメールの内容は分からない。だからとりあえず出てみるという衝動を抑えられないのです」

 --スマホは電話やメール、情報を得るなどいろんな機能がありますね

 「私はコミュニケーションには、役に立つ情報を交換するということと、仲間であることの確認をするという、2つの種類があると思っています。後者はサルの毛繕いにも例えられますが、つながりを確認する行為なのです。あなたのことを大事だと思っているという意図を伝えるのが目的で、内容には特段の意味がない天気の話題などを話すのです」

 「スマホはニュースサイトなどで情報を得ることも、SNSで相手や仲間との結束を確認することができる。信頼を築くための『意図のコミュニケーション』と実質的な情報を得る『内容のコミュニケーション』の両方の欲求を満たすことができる道具といえる。ネット依存になる理由は十分にあるのです」

 鳴き声から言葉へ

 --メールやSNSで返信を急がなければと思って焦ったり、あるいは返信が来ないと不安を覚えたりするという感覚はどう説明ができますか

 「対面した場面ですぐに返事がなかったら、それは気分を害している、または怒っているという意思表示になる。電子のコミュニケーションになっても、相手からの返信がないことをネガティブに受け取りがちなのです。相手がたとえ忘れているだけであっても怒っているじゃないか、嫌われているんじゃないかと思ってしまう心の構えがある」

 --先生は言葉の起源を研究している。そもそもスマホ依存の大本は、人間が言葉を持ったからですね

 「おそらく言葉には関係のないほかの機能のための形質が、結果として言葉になっていったのだと考えています。トリやクジラは鳴き声を学び、ジュウシマツは複雑な鳴き方を習得して求愛します。ヒトの言葉と共通する要素がある」

 「ヒトの場合も当初は鳴き声の交換だけだったが、やがて鳴き声を学ぶ能力が加わり、さらに鳴き声の組み合わせを交換するようになった。これが言語になっていったと考えられます。鳴き声の交換は情報伝達とともに、つながりを維持するためにも大事だった。私たちが言葉を持ったのは、集団で行動する社会性を持ったからなのです」

 「しかしスマホやSNSは社会性を際限なく膨らませてしまい、生産の時間や思考の時間も奪ってしまう。そこに気をつけて、上手に利用していく必要があると思います」

岡ノ谷一夫(おかのや・かずお) 東京大大学院総合文化研究科生命環境科学系教授
理化学研究所チームリーダー兼任
 昭和34年7月、栃木県生まれ。慶応大文学部心理学専攻卒。米国メリーランド大心理学部修了、博士号取得。千葉大文学部助教授などを経て現職。専門は生物心理学、動物行動学、言語起源論。著書に「『つながり』の進化生物学」「脳に心が読めるか?」、作家、小川洋子さんとの対談「言葉の誕生を科学する」など。研究内容は「共創的コミュニケーションのための言語進化学」(http://evolinguistics.net/)に詳しい。