サウナの本場フィンランド大使館の“聖域”に潜入 日本の茶の湯と共通点?
東京・麻布のフィンランド大使館にはサウナがある-。以前からサウナー(サウナ愛好者)の間で噂になっており、ぜひ入ってみたいと思っていた。そんな折、各地で順時公開中のフィンランド映画「サウナのあるところ」の取材にかこつけ、このサウナでの入浴に成功。独自進化中の日本版サウナとは異なる本場感を体験しつつ、現地のサウナ文化にまつわる話を聞いた。(本間英士)
室内は“森の香り”
茶室ほどの広さに成人男性が6人。「人生最高のサウナ体験」などサウナ談義に花が咲き、会話が途切れたときは水が蒸発する「ジュワ…」という音だけが響く-。結論から言うと、このサウナは最高だった。
「ここはフィンランド大使館の“サンクチュアリ(聖域)”です」。同大使館のマルクス・コッコ参事官はこう表現する。
同大使館には大使用と職員用のサウナがある。今回入浴したのは大使用のサウナ。今春リニューアルされたばかりで新しく、木の良い香りがする。あくまでゲストを招くための施設であり、誰もが入れるわけではないため、今回の取材は貴重な体験だった。記者は「サウナのあるところ」のヨーナス・バリヘル監督や同作の出演者らとともに入浴した。
室内の温度は平均70~80度台。日本のサウナと比べるとやや低めに感じる。ただ、室内の誰かがサウナストーンに水をかけ、蒸気を発生させる「ロウリュ」を適宜行うので、しっかりと汗をかける。シラカバの枝を束ねた「ヴィヒタ」もあるためか、室内が“森の香り”に包まれているのも好印象だ。
「無人島サウナ」も
サウナで話を聞きながら感じたのが、同国の人にとってサウナがいかに特別な存在であるかだ。
フィンランドの人口は約550万人。これに対し、サウナの数は約300万に上るとされる。「フィンランドではどこの家にもあり、アパートや大学にも共有のサウナがあります」(同大使館員)。同国の無人島の中には、誰でも入れる公衆サウナがある島もあるという。
昔は出産も行われるなど、神聖な場所とされていたサウナ。現代では会社にも設置され、「大事な顧客が来た際に使う『接待用サウナ』もあります」(同)。外交交渉にも使われており、かつて難しい関係だったソ連との交渉もサウナで行われたことも。日本政府の要人とも、この「サウナ外交」が重要な役割を果たしたという。
約2時間のサウナ体験の間、ときどき外に出て水シャワーを浴びたり、ベランダで外気に触れたりして火照った体を冷ました。その合間に水を飲み、ソーセージやポテト、サラダなどをつまむ。リラックスしているためか普段より風が心地よく、食事がおいしい。コッコ参事官によると、この「クールオフ」も含めた一連の行動を合わせてこその「サウナ」だという。
日本の戦国時代に流行した茶の湯は、もともと武将や商人が身分や立場の違いに縛られずに「社交」を行うのが目的だった-とされる。フィンランドにおけるサウナも、似たような性質があるのではないか。狭い室内に、タオル一枚巻いたほぼ裸の状態。共に汗をかくうちに親密なオーラが室内に生まれ、これが取材であることを何度も忘れかけた。
今年は日本・フィンランド外交関係樹立から100周年の節目。サウナは日本語に定着したフィンランド語の一つでもある。コッコ参事官は「日本でサウナブームがひそかに来ていると感じており、とてもうれしい。両国の友情がより育まれていくと思います」と期待を寄せる。
テレビ付きサウナも「あり」?
フィンランドのサウナに興味を持った人は、同国のサウナを舞台としたドキュメンタリー映画「サウナのあるところ」を見るとより理解が深まるだろう。
同作に登場するのは、50年以上連れ添った夫婦や、クリスマスに一仕事終えたサンタたち、寒さをしのぐホームレスら。同国の映画監督、アキ・カウリスマキ監督の作品に出てくるような寡黙な男性が多数登場する。親から虐待を受けたこと、過去の犯罪歴、家族を失った辛さ…。出演者たちが人生の悩みを続々と吐露する重い話が続く。
その一方で、子供が生まれた喜びや、年をとってからの出会い、“親友”との絆などといったエピソードも並ぶ。人生ドラマの濃密さに圧倒されると同時に、フィンランドの人々にとっていかにサウナが多様な意味を持っているかに改めて驚かされる。
同作のプロモーションのため来日したバリヘル監督。日本のサウナも訪れたといい、「テレビが(室内に)あると聞いてびっくりしたけれど、これはこれでいいね」と笑顔で語った。
同作は東京のアップリンク渋谷などで順時公開中。1時間21分。
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