「PTA活動って楽しい」 広報紙の大胆改革で“脱・やらされ感”

 
発行された和泉市立青葉はつが野小学校PTAの会報
会長の木村規洋子さん(左)ら青葉はつが野小のPTA役員
広報紙の編集会議をする青葉はつが野小のPTA役員ら
和泉市PTA協議会の活動アピールで、一言も話さず持ち時間をダンスに費やした南池田中学校区3校のPTA役員ら。会場はあっけにとられていたという=昨年11月、和泉市

 面倒臭そう、できれば回避したい…と敬遠され、役員選びがくじ引きになりがちなPTA。そんな“常識”を覆した小中学校がある。大阪府和泉市の市立南池田中と市立青葉はつが野小だ。両校で会長を務めた那須顕一さん(49)らが「楽しいPTA活動」を旗印に改革を断行。成果は広報紙づくりにも表れ、府PTA協議会の広報紙コンクールで小学校の部・金賞、中学校の部・銀賞とダブル受賞を果たした。那須さんらが実現した「楽しいPTA活動」とは-。(古野英明)

 魂込めて編集

 「歴史的快挙」「W受賞の秘話」「PTA大パニックの舞台裏」

 カラフルな紙面にタブロイド判夕刊紙を思わせるセンセーショナルな大見出しが踊る。今年7月、両校PTAが合同製作した広報紙の「号外」だ。

 両校の広報紙は5月に発表された府PTA協議会のコンクールで、同一中学校区の“兄弟校”として金銀ダブル入賞の快挙を成し遂げていた。全国コンクールでも、同小が佳作に、同中が奨励賞に決まり、11月に表彰式が行われる。

 青葉はつが野小PTA会長の木村規洋子さん(42)は「保護者にも子供にも読んでもらえて家庭の会話が弾むよう、毎回魂を込めて作りました」と話す。

 担当制を廃止

 広報紙のダブル受賞は、「PTA改革」の果実の一つにすぎない。

 改革の先頭に立ったのは、保険代理店を営む那須さんだった。同小のPTA役員になったのは平成25年。自身は「誤って立候補してしまった」という妻の代役で就任した。半数ほどがくじ引きで選ばれており、「やらされ感」が強かったという。月1回の会議は毎回約2時間におよび、「苦痛でスマホばかり見ていました」。

 翌年会長になると、活動を楽しくするための改革に着手した。まずは会議の時間を1時間以内に短縮。逆に活動機会は増やした。役員から担当を外し、全員に声をかけるようにした。

 たとえばPTA最大のイベントである夏祭り。看板づくり、景品や飲食物の仕入れ、学校側との打ち合わせなど、仕事は山ほどあり、担当役員は4月から忙殺されていた。それを、全員に声をかけて「来られる人だけ来る」というやり方に変えたという。

 特定の人しか参加しない恐れはあったものの、一人当たりの負担は軽減された。苦楽をともにしたことで連帯感が生まれ、役員同士がどんどん仲良しに。任期が切れる3月になっても「PTA活動って楽しい」「まだ続けたい」と、翌年度以降も立候補し続ける人が相次いだという。

 上質紙、カラー印刷

 そして会長2期目で那須さんが取り組んだのが、広報紙の刷新。紙質が粗く写真もぼやけていたのを、光沢ある上質紙のカラー印刷に変え、レイアウトを工夫した。「文字数を抑え、言い回しは子供にも理解できるように気を配りました」

 内容にもこだわった。活動報告だけでなく、図書館司書や給食調理員らを含む教職員のインタビューや、地域の話題を掲載。校長との対談企画では自ら紙面に登場した。

 「一部から冗談交じりに『会長、かっこつけすぎ』とクレームもつきましたが、おおむね好評でした。継続は力なりと信じてきました」と那須さん。役員たち自身が活動を楽しんでいる様子が、紙面からも伝わってくる。

 親も「青春」

 那須さんの薫陶を受け、2年前から同小PTA会長を務めている木村さんは、仲間から「人間ホイホイ」のニックネームで呼ばれる“人たらし”。いつも明るく、校庭の草刈りなど苦痛な作業も楽しいイベントに変えてしまう。「PTA活動で一生つきあえる仲間ができました。『私たち青春してるよね』とみんなで言ってます」

 学校側はどうとらえているのか。青葉はつが野小の井原隆行校長は「小さい記事一つからも、子供たちのために汗をかいてくださっていることが伝わってきます。感謝しかありません」。南池田中の松井昭浩校長は「希薄になりがちな親同士のつながりをつなぎ直してくれています。ありがたいことです」と話した。

 【用語解説】PTA

 Parent-Teacher Association(父母と教師の会)の略。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の指導で文部省(当時)が設置を奨励し、全国に広がった。社会教育や家庭教育などの充実を図り、学校や地域と連携して、子供たちのためにさまざまな活動を自主的に行う。参加は任意。学校単位のほか、市町村や都道府県、全国単位で連合会がある。

 【プロフィル】古野英明(ふるの・ひであき) 大阪新聞報道部、産経新聞大阪本社文化部などを経て昨年10月から堺支局長。子供が3人いるわが家でも過去に妻がPTA役員を務めたことがあるが、広報紙づくりでヒーヒー言っている姿を見て、大変やなあと同情していたのを思い出す。こんなに楽しいPTA活動なら自分もやってみたいと思った。