【5時から作家塾】日本から視察も 体験して感じたホームドクター制度のメリット・デメリット
日本でも議論が始まっている「かかりつけ医(ホームドクター)」制度
だれもが手軽に病院を受診でき、かつ高齢化が進む我が国において、言うまでもなく医療費はここ数十年うなぎ上りだ。このままのペースで増加すると、2026年の国民医療費は69兆円に上るという厚生労働省の試算もある。
その対策の一つの選択肢として近年しばしば議論に上り、自己負担など独自の方法で試みを始める医師も増加しているのが「かかりつけ医(ホームドクター)」制度である。
各個人が地域の中でかかりつけの「診察医」を決め、体調不良の際には何でもまずその医師に相談するこの制度に関しては、OECDも「健康増進のための最も費用対効果が高い方法」と推進している。
日本においてもこういった診察医が行うプライマリケアと、専門医が行う高度専門治療の機能分化を促すため、2015年には患者が紹介状なしで大病院を受診する際には5000円以上の特別料金が自己負担額として課されることになった。
欧米の多くの国ではホームドクター制度が一般的 そのメリットは
事実、欧米の多くの国ではホームドクター制度が一般的だ。元々は医療費の個人負担がとんでもなく高額になるケースが多いアメリカで発達したシステムのようだが、イギリスを含むヨーロッパの多くの国でも、通常の受診プロセスは「まず、ホームドクターに」である。
筆者が数年前から生活しているオランダでもホームドクター制度が定着している。ここではまず、引っ越して住民登録を済ませた後の最初の仕事は、地域のホームドクター探しだ。自分で決めた診療所(多くは最も近いところ)に連絡し、家族全員の生活状況や健康に関する総合的な情報を話す初回面接を済ませれば、晴れてそのドクターの患者として登録されて、次回から受診したい時は電話して予約できるようになる。相性が合わないと思えばもちろん自分で他のホームドクターに替えることもできる。
実際に利用してつくづく思うのは、「なんと国にとって安上がりな医療なのだ」ということだ。ホームドクターシステムでは、二重三重のアセスメント(見立て)の網により、不要な受診や投薬、検査は一切されないようになっている。
まず、受診しようと電話をすると応答するのは准看護師にあたるアシスタントで、電話口で症状を聞かれる。そこで「鎮痛剤を飲んで寝ていなさい。丸4日経っても熱が38度を下らなかったり、症状が悪化したりする場合には、またすぐに電話するように」などとブロックされてしまうことがよくある。そこをパスして医者に会っても、顔を合わせて診察してもらい、詳しい説明を聞けるだけで、結局は「家で寝ていろ」となることも多い。そしてたいてい、しぶしぶ言われたとおりにしているとほぼ予告された日数が経つ頃には治ってしまうのだ。病気に関して「uitzieken(薬などで無理に早く治療せずに、自力で病気が治るのを待つ)」という考え方が一般的で、病気なら仕事を休める社会的・文化的背景あってこそ成り立つやり方だとは思うが、それだけに受付嬢も含めホームドクターの町医者は「診断のプロ」感が強い。
筆者も日本にいた時はタダの風邪でも大病院で受診して、おなかいっぱいになるくらいの薬を出してもらっていたし、ちょっとしたことですぐに「念のためCTを撮っておきましょう」と、たいそうな検査をしてもらえるのが当然と思っていたので当初は面食らったが、そのうち慣れて、受付嬢や医者の見立てにそれなりの信頼を置くようになった。と同時に、それでも不安な時は強引に予約をお願いし、受診時には納得するまで医師に質問する図々しさも身に着けた。
「医療費負担が少ない」の次に存在感があるメリットは、ホームドクターとの信頼関係の構築だ。体調不良のたびに同じ医師に会うシステムは患者にとっても安心感が大きい一方、医師にとっても患者が住んでいる地域や生活状況、家族も含めた病歴などの膨大なデータの蓄積が的確な診断の支えになることは想像に難くない。特にこの制度との関連が指摘されるのは、オランダで認められている安楽死だが、実行には長期にわたりその患者を診察してきたかかりつけの医師による承認も必要となる。
他にも、
・小さな診療所に時間の予約をして行くため、待ち時間も短く他の患者とウイルスの移しっこをする危険も少ない
・受診に来る患者の数が絞られるので、いざ診察を受ければそれなりの時間を取って話を聞いてもらえる(いわゆる日本の大病院で問題視される『3時間待ちの3分診療』のような現象は起きない)
・薬に頼らずに健康を維持しようという意識が高まったと同時に、めったに薬を飲まないので、いざ処方されるとてきめんに効く
・ホームドクターが全ての診療科をカバーしているので、自己判断で受診した科がお門違いで違う診療科に出直すことになった、などという問題も起こりにくい
などもメリットに感じている。
ホームドクター制度のデメリット
このように数年利用してそれなりにメリットを理解したつもりのホームドクター制度だが、もちろんデメリットもある。
最も怖く感じるのは、深刻な病気が見過ごされて、自宅療養している間に悪化してしまうというケースがまれにあること。ましてや患者が奥ゆかしい日本人の場合、医者の言うことに疑問が残っても、それを無遠慮に口に出すことをはばかることも考えられる。「初めから専門医に見てもらえばよかった」などという遺恨を残さないためにも、患者にも自分の治療に能動性が求められるという意味では、お医者様が絶対的な日本の医療文化との相性は決して良くはないかもしれない。
また、日本社会との相性に限って言えば、「こんなの専門医に即時治療してもらうまでもないよ、家で一週間寝ていれば治るよ」と言われたところで、病気休暇を取って寝ていられる人がどれくらいいるかという話がある。「風邪の治療薬はない」なんて知っているから、「とりあえず仕事をしても辛くない程度まで症状を抑える薬をくれ」という人も多いだろう。
他にも知人の日本人医師は、「日本人はブランド志向だし、やっぱりなるべく偉い専門家に自分の体を任せたい人が多いから、ホームドクター制度なんか紹介されても、やっぱり専門医のいる大病院に直接かかりたいっていう風潮は消えないんじゃない? あとオランダみたいな(かかりつけ医の)システムが定着しちゃったら、大病院も製薬会社も商売あがったりだよね、ハハハ」と笑っていたが…これは素人の筆者には確かめようのない話である。
今年6月には日本の医療従事者チームがオランダ視察も
そんなわけで、これから日本で定着するかは全く未知数のホームドクター制度だが、今年6月にはその制度について学ぶため、日本から15人の医療関係者チームが来蘭したと地元紙で報じられた。視察団を歓迎したハンス・ペーター・ユング氏は、患者一人に費やす時間を長く取るプロジェクトで名が知れたオランダ南部の診療医である。患者の話にしっかりと耳を傾ける時間を確保した結果、患者の大病院へのリファーを25%減らし、受診する患者の50%を投薬なしで「治療」することが可能になったという。
高齢化や孤独など、先進国の例にもれず日本と共通の社会問題を抱えるオランダにおいて臨床活動を続ける同医師は、「日本語の『イキガイ』は、まさに私が患者さんと一緒に探すものです。人には毎朝、ベッドから出る意義を与えてくれるものが必要なのです。それがある人は健康を維持しやすい」と、患者の話を聞くことが予防医療に与える好影響を語る。
「日本では、患者がどこの病院でも選べる一方、もしも治療に不満がある場合、別の病院で一から受診のし直しをするそうですが、それだと必要以上に医療費がかさみますよね。ぜひこの制度を少しでも日本に持って帰ってください。きっととても役に立ちます」とのことだが…さて、視察団の方々はどう思っただろうか。(ステレンフェルト幸子/5時から作家塾(R))
【プロフィール】5時から作家塾(R)
1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。
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