ボーナスでの大きな買い物に心理的な抵抗がない理由 心の中の「勘定」仕分け

提供:PRESIDENT Online
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 冬のボーナスが支給される時期。家電など高額の商品を買おうと計画している人も多いのではないでしょうか。なぜ私たちは、ボーナスで“大きな買い物”をすることには心理的な抵抗をあまり感じないのでしょう。行動経済学の視点で解説します。

 年末商戦は例年以上に活発になる可能性

 もうすぐボーナスの支給されるシーズンがやってきます。いつもながら心がウキウキする時期ですね。今年は10月に消費税の引き上げがありましたが、今のところ増税後に大きく消費が落ち込んでいるということもなく、むしろ株式市場も順調に推移していることから、心理的には年末商戦も例年以上に活発になるかもしれません。

 また、それに加えて今回は増税後の消費の落ち込みを防ぐべくキャッシュレス決済によるポイント還元が行なわれたために、これも消費が順調になっている要因のように思われます。経済全体で言えば、消費が拡大するのは結構なことですが、個人の財布を考えると調子に乗ってお金を使い過ぎることは注意しなければなりません。特に最近のスマホによるQRコード決済は、従来の交通系電子マネーと同様、お金を使うことに伴う、“お金が出て行くという心の痛み”を感じるのが希薄なためについ使い過ぎてしまう可能性はおおいにあります。そういう無駄の積み重ねは決してバカになりませんので注意すべきだと思います。

 まもなく手にするであろうボーナスはもっとくせ者です。中でも最大の敵は「衝動買い」です。ボーナスでふところが豊かになるわ、町では魅力的なセールをやっているわ、ということになれば、ついつい衝動買いをしてしまうのはある程度やむを得ないことでしょう。

 人は簡単に買い物の鉄則を忘れてしまう

 一般的に買い物の鉄則は、「良いか、悪いか」で考えるのではなく「必要か、不要か」で考えるべきだということがよく言われます。これはたしかにその通りで、「買おうかな」という意欲が出てきた時点で、「良い」と思っているからそう考えるわけです。したがって、「良いか、悪いか」で考えれば、“買った方が良い”に決まっているのです。冷静に考えるためにはその品物を買うことが必要かどうかで考えるべきなのですが、残念ながら、そこまで冷静に考えることができないのが普通の人間です。だからこそ、衝動買いが起きてしまうのです。特に家電製品や高額の商品などについては、ボーナス時期は警戒が必要です。

 そこで今回は、ある心理的な現象を使って買い物の判断を慎重にすることができるという方法をお話します。その心理的現象とは「メンタル・アカウンティング(心の会計)」といわれるものです。

 本来、お金に関する収支の計算というものはトータルで考えていかなければ意味がありません。ところが人間は、心の中で勝手に会計勘定を作って利用目的別にお金を仕訳してしまうという傾向を持っています。例えば消費目的の勘定から支出するお金についてはあまり抵抗なく使ってしまうのに対して、資産形成を目的とする勘定から消費のためにお金を出すということについては大きな抵抗感を感じるのです。

 “大きな買い物”に抵抗がなくなる理由

 ちょっと具体的な例で考えてみましょう。普通、サラリーマン家庭が何か大きな買い物をするのは一体どんな時でしょうか。まとまったお金が入った時、例えば定期預金の満期やボーナスをもらった時でしょうね。長年使っていた冷蔵庫やテレビもそろそろ買い替えを検討するようになってきたとします。

 ところが、壊れて使えなくなってしまったのでなければ、すぐに買うというケースはあまり多くないように思います。「ボーナスが出るまであと少しだからそれまで待った方がいいんじゃない?」という会話が交わされることが多いでしょう。逆に言えば、“ボーナスで大きなものを買う”というのは夫婦間でコンセンサスができていることなので、多くの家庭では割と抵抗なく実行することができます。この場合のメンタル・アカウンティングは、ボーナスというキャッシュを消費勘定と貯蓄勘定に分け、消費勘定から支出をすることになるのです。

 ボーナスは全額定期預金へ

 そこで発想を根本的に変えてみたらどうなるでしょう。一体どうするのかというと、ボーナスでは一切買い物をせずに、全額定期預金などに入れて貯金をしてしまうのです。「でもボーナスで買い物をしないのだったら、いつ買うの?」と思われるかもしれませんが、答えはきわめて簡単です。ボーナスは全額定期預金するけれど、それまでに持っていた別の定期預金を解約して買うのです。つまり貯蓄勘定から引き出して消費するわけのです。さて、そうすると一体どんな感情が生まれてくるでしょう。

 ボーナスで買うというコンセンサスができていたからこそ、それを貰ったら右から左へと回して使ってしまうことができるのです。つまり心の中ではボーナスの一部を消費勘定に入れ、そこから出して消費するわけですから、それには何の心理的抵抗もありません。ところが、ここで今まで持っていた定期預金を、それも満期が来ていないものを解約しなさいということになると、それは貯蓄勘定から引き出して消費に回すことになるので、かなり心理的な抵抗感が大きくなります。今まで何の議論もなく、ボーナスが出たら当然のように買っていた品物が、「定期を解約してまで買う価値があるの?」という新しい議論が生まれてくるのです。そうすると「やっぱりもう少し待とうか」ということになるかもしれません。あるいは仮に買うにしても価格や性能をもっと事細かに調べなおしたりするはずです。結果として「良いか、悪いか」ではなく「必要か、不要か」という論点で判断することができ、衝動的に無駄な買い物を防ぐことにもなります。

 「でも実際に定期を解約するのなら、中途解約になるから損じゃないか」と考える人もいるでしょう。しかしながら今のような超低金利の時代であれば、普通預金も定期預金もほとんど利息に差はないので、中途解約して利息が大きく減るというデメリットはほとんどありません。ところがそれでも“定期を解約する”というのは、今までの習慣上、かなり心理的な抵抗感の大きいことです。この抵抗感こそがまさにメンタル・アカウンティングを利用する狙いなのです。

 「袋分け」管理はあまり効果がない

 一方で、よくFPの人などが家計管理の方法として「袋分け」という手法を推奨することがあります。袋分けというのは日常生活費を項目ごとに分け、その項目ごとのお金を物理的に袋に入れておくという手法です。これも一見するとメンタル・アカウンティングのように思えますが、実は全く違います。

 筆者はこの袋ワケというのは支出抑制にはあまり効果はないと考えています。なぜなら、メンタル・アカウンティングというのは単に会計勘定を分けるということではなく、分けた勘定に沿った使い方をするという心のクセなのです。だとすれば、袋分けというのは単に予算を視覚化するという効果だけの話であって、それが支出を抑制するということにはつながりません。袋分けした分は何の抵抗もなく、自由に使ってしまうことになるため、ほとんど効果はないでしょう。もちろん日頃からかなりルーズなお金の使い方をしていて毎月の収支が赤字という家庭の場合は、こういう「予算の視覚化」は効果があるでしょうが、単にそれだけのことです。

 このように心の中の会計勘定の仕訳とその使い方のルールに新しい工夫をすることで、ごく自然に無駄な出費を抑えることは可能です。日常の消費行動でごく当然のようにしていることについて少し視点を変えるだけでお金を効率的に生かすことができるようになるかもしれません。メンタル・アカウンティング=心の会計というのは、人間の心理を利用することでお金を増やすことにも減らすことにもなりうるということは知っておいたほうがいいでしょうね。(経済コラムニスト 大江 英樹)

大江 英樹(おおえ・ひでき) 経済コラムニスト。専門分野はシニア層のライフプランニング、資産運用及び確定拠出年金、行動経済学等。大手証券会社で定年まで勤務した後に独立。書籍やコラム執筆のかたわら、全国で年間130回を超える講演をこなす。おもな著書に、『定年男子 定年女子』(共著、日経BP社)、『経済とおかねの超基本1年生』(東洋経済新報社)などがある。