【受験指導の現場から】「娘のために」 栄転断り受験に賭けた父親と塾との齟齬が生んだ不幸

 
※画像はイメージです(Getty Images)

 読者の皆さま、明けましておめでとうございます。お陰さまで、本欄も第12回を迎え、連載開始からちょうど1年足らずとなりました。受験生の親御さんにとっても、勝負の日まで1カ月を切り、日々、神経を尖らせておられることでしょう。

 しかしながら今回は、主に小学4・5年生の受験生予備軍をお持ちの親御さんに向けて、父親の受験との関わり方に潜む、陥りがちな失敗…というよりは「行き過ぎ」の一例について考えてみたいと思う。

 放任から行き過ぎた関与まで 母親に比べ千差万別

 ネット上のあちらこちらで見かける指摘として、「とくに中学受験経験のない父親が、我が子に算数を教える際に1次方程式や連立方程式で文章題を解かせようとして、子どもが塾で習ってきた解法と齟齬をきたしてしまう。結果、子どもの頭の中をぐちゃぐちゃにしてしまって(子どもを混乱させてしまって)、却って成績が下がってしまった」という類を散見する。

 しばしば母親に見られる問題としては、口煩さすぎたり、心配性すぎたり、子どもを構い過ぎたりと、ある程度の共通項が感じられることが多いのであるが、もう一方の父親となると、まったくの放任から入れ込み過ぎまで、幅が広い。

 個別面談の場が「事件」現場と化す

 じつは筆者には、「我が娘の受験に一所懸命すぎる父親」に関する、非常に後味の悪い経験がある。

 主人公は、とある5年生の女の子のお父さんである。その生徒は3クラスのうち真ん中のクラスの下のほう。

《ざっくりとしたレベル感》

Sクラス:国立・御三家・早慶受験者

Aクラス:上位私立進学校・MARCH受験者 ←ここ

Bクラス:中堅私立受験者

 そのお父さん、娘とその受験には稀にしか見ないほど一所懸命で、塾の授業のない日は、日曜日以外は毎日2時間以上、娘の勉強の面倒を見ていた。

 ご案内のとおり、小学生の新学年は前学年の2月から始まるのであるが、新学年のクラス分けを兼ねた塾内模試で、その生徒はAクラスに留まれない結果となってしまった。

 その「事件」が起きたのは1月下旬、新学年に向けての個別面談の場でのことである。もちろん、このタイミングで、6年生をBクラスでスタートしなければならないことも伝えなければならない(いわゆる「クラス・ダウン」である)。

 当時、筆者はまだ新前の口で、そのお父さんのカウンターパートは正社員(以下、X氏)だった。筆者は科目担当として、もう一人の新参講師とともに同席していた。

 個別面談ではよくある話なのであるが、その場は一所懸命なお父さんの、ある意味一方的な要望から始まった。いわく、「算数と社会(歴史)は、自分が十分な時間を掛けて教えている。理科には時間を取れていないので、理科の点数が悪いのはしようがない。塾のほうでは、とにかく国語の点数が伸びるように面倒を見てほしい」という。

 たしかに、4教科の過去の偏差値は、算数と社会が50足らず、国語は45程度、理科は40余りといった具合。最低限の宿題はやっているが、家庭では算数と歴史にばかり時間を掛けていることはありありで、解答用紙を見る限り、解答欄はことごとく埋まっているが正答率がかなり低い、というタイプの生徒である。

 傍で聞いている限り、科目ごとの時間の使い方が拙いことは明らかであり、下手すると、日頃から「解答用紙に空欄を残さないように」と強く父親から言われている疑いさえあった。

 父親の中で“すべて”が崩れ落ちた瞬間

 翻って、そのお父さんが熱心に繰り返し訴えるので、20代後半のX氏は、なかなかクラス・ダウンの件を切り出せないでいる。しかも、話の最後のほうで初めて聞かされたのだが、そのお父さん、半年ほど前にあった会社からの転属(昇進)のオファーを断って、娘の受験のために残業の少ない現在の職場に留まることを選択したという。それだけ、我が子の受験に賭けていたのである。

 とはいえ、来週から新学年が始まるというタイミングである。どうしても、この場で「クラス・ダウン」を伝えなければならない。X氏も、校舎責任者から「例外は認められない」と前もって言われていたため、後がない。

 お父さん、30分近く話し続けただろうか、ようやく数秒の沈黙ができた。やっとのことでX氏が「クラス・ダウン」になることを切り出したところ…肩を落とすとはまさにこのことだろう。一転、お父さんの心が折れてしまった(ように見えた)。以降、ため息まじりに「クラス・ダウンということだと、話が変わってしまいます」と言ったきり…早々に退室されてしまった。家路の途上、悔し涙が溢れんばかりであっただろうことは想像に難くない。

 そしてその後、その女子生徒が塾に来ることも、家庭から電話が掛かってくることもなかった。時折、責任者に状況確認を促す意図で、何度かその生徒の様子を聞いてみたりしたのだが…いわく、何日ものあいだ、食事が喉を通らないとのことであった。

 落ち度は塾にもあるが…

 本件については、塾側から保護者に「クラス・ダウン」のルールをきちんと伝えられていなかったことが主因ではあるが、あえて保護者の立場で考えると、万が一の際に傷口を広げないためには、それぞれの校舎(コース)の各クラスに在籍するための条件をなるべく早いうちに確認、理解しておきたいところである。

 塾と保護者とのあいだのコミュニケーションは、塾にとって生命線であるだけではない。我が子の受験のためには、保護者もけっして等閑にしてはいけない。

【プロフィール】吉田克己(よしだ・かつみ)

講師

京都大学工学部卒。株式会社リクルートを経て2002年3月に独立。産業能率大学通信講座「『週刊ダイヤモンド』でビジネストレンドを読む」(小論文)講師、近畿大学工学部非常勤講師。日頃は小~高校生の受験指導(理数系科目)に携わっている。「ダイヤモンド・オンライン」でも記事の企画編集・執筆に携わるほか、各種活字メディアの編集・制作ディレクターを務める。編・著書に『三国志で学ぶランチェスターの法則』『シェールガス革命とは何か』『元素変換現代版<錬金術>のフロンティア』ほか。

受験指導の現場から】は、吉田克己さんが日々受験を志す生徒に接している現場実感に照らし、教育に関する様々な情報をお届けする連載コラムです。受験生予備軍をもつ家庭を応援します。更新は原則第1水曜日。アーカイブはこちら