【ブランドウォッチング】五輪選手村「晴海フラッグ」はニューノーマル マンションポエムには頼らない

 
レインボーブリッジを見晴らせる部屋も
晴海フラッグ全景
販売パビリオンの外にもアイコンのバナー
販売パビリオン入り口には大きな晴海フラッグのアイコン

 本連載ではブランディング視点で色々なモノやサービスを取り上げていますが、いつも感じるのが近年の進化スピードの速さです。特にコンビニを中心に売られるパッケージプロダクトを代表に激しい開発競争の成果で、次から次へと新商品が展開され、日本の生活者にとっては世界的にも稀有な豊かで便利な消費生活が提供されていると感じます。

 でも一方で、住環境はどうでしょうか? 日本全国では少子高齢化、人口減に向かいながらも東京圏への人口流入は相かわらずで、東京都の人口は一貫して増加傾向です

 そんな中、オフィスやホテル用地の需要堅調を背景に都心部を中心に土地の値段も高止まりし、人件費や資材の高騰もあいまって新築の集合住宅の平米単価は上がる一方。そのためサラリーマン世帯がなんとか買える支払い総額にするため新築マンションの平均専有面積はなかなか広がらず、東京圏では63.09平方メートル(2019年)ということです

 日本の狭い木造家屋を「ウサギ小屋」と揶揄されたのは昭和の時代ですが、残念ながら広さの面で劇的にその状況が改善されたとは言えないのかもしれません。

 未曽有の4145戸販売

 「高い」「狭い」と、都心回帰したくても回帰できない状況の中、2020オリンピック・パラリンピックの選手村を大会後リノベーションして4145戸という歴史的な戸数の集合住宅を提供しようというのが、晴海フラッグのプロジェクトです。東京都が施行者となり三井不動産レジデンシャルをはじめとする日本を代表するデベロッパー11社を特定建築者として指名し、施行者にかわり建築物の建築をさせるという、東京都肝入のプロジェクトでもあります。

 全国を見回しても、1度の販売で1000戸を超える集合住宅の供給は過去を含め多くなく、まして4145戸という数字は未曾有という他ありません。関係者に当初はこれだけの供給数に対する懸念もあったようですが、ふたを開けてみればむしろ大盛況。すでにかなりの戸数が契約済、現在営業中の販売パビリオンは見学・商談を希望する方で予約が取りにくい状況とのことです。

 ユニークな立地も、まずは盛況

 中央区での希少な超大規模開発案件、眺望や都心近接の利便性の魅力の一方、リノベーション物件であることや必ずしも地下鉄駅(勝どき駅)最寄りと言えない立地の関係で超都心にしては若干リーズナブルな平米単価。また面積や間取りのバリエーションの豊富さが人気に貢献しているようです。

 それにしても、高額物件であるに変わりはなくどんなお客さんが買っているのかというと、近隣の湾岸タワマンからの買い替え需要のほか、伝統的な郊外の一戸建て中心の住宅地から移る予定の方も相当数いるということで「埋め立て地の集合住宅」に対するアレルギーを持つ人も少しずつ減ってきたのかもしれません。

 フラッグをイメージしたアイコンに集約

 ブランディング的には太陽、空、海、緑をアイコン化したロゴがとても目立ちます。「太陽が降り注ぎ、空と、海に囲まれ、4000本の緑を植樹し将来緑にあふれるだろう晴海フラッグの環境」そして「空から見たとき海に囲まれフラッグのように見える敷地」をイメージしているとのこと(三井不動産レジデンシャル東京オリンピック・パラリンピック選手村事業部推進室主管の古谷歩氏)。

 大規模マンションの販売と言えば、とかくタレントを起用、かつてはリチャード・ギアやマドンナなど明らかに日本の集合住宅に住むことが想像できない海外セレブの登場もありました。

 また、やたらに購入検討者の夢と情緒に訴えるスタイルの「マンションポエム」とネット上でからかわれるおおげさなコピーもお約束でしたが、晴海フラッグの訴求は明らかにそれらと一線を画すシンプルさです。大戸数、シングル、大家族、若い世帯、パワーカップル、リタイアした夫婦など、幅広いターゲットの想定も背景であると思われますが、タレントもマンションポエムも使わないニュートラルな訴求がむしろ好意的に受け取られているように見受けられます。

 不動産こそ購入後のブランディングが重要

 もう一点見逃せないのが、「販売したあとの街のブランディングまで考慮して」(前出古谷氏)という視点です。とかく不動産物件の販売は売ったら売りっぱなしと言われます。1軒1様。しかも買う方も、往々一生に一度の買い物ときています。デベロッパーも売って所有権を引き渡したあとは実質的な関係性を失うことも事実。売ったあとの物件や街のブランディングまで責任を持てないというのが実態です。 ですが本来、買ってから始まる住まいや街のブランディングこそが住人にとって、住まうプライド、信頼感、資産価値などあらゆる面で重要であるはずなのです。

 実際に、販売入居の時点では鳴り物入りだったものの、住民の高齢化とともに輝きを失ってしまった大規模な開発地の残念な事例は少なくありません。ぜひ、この晴海フラッグが、デベロッパーから入居者にブランディングコンセプトも引き継がれる先行事例となり、その後住民が愛着をもってわが街のブランディングとして磨きをかけることに期待したいと思います。

 都心居住の旗頭となるか?

 最近週刊誌やネットで、タワマンに代表される大規模集合住宅に対して冷ややかな論調が目立つ気がします。また近隣と地縁がなかった大世帯がある一か所に集中して出現する「ホットスポット」の弊害を指摘する意見もあります。実際にこの晴海フラッグが立地する中央区や近隣の江東区、関西圏でも神戸市などで俗にタワマン規制と言われる、当面の新築抑制方針が発表されています。

 でも冷静に考えれば、なかなか解決しない慢性的な通勤混雑の解消や、サラリーマン世帯の職住近接実現のためには、本来的に合理的、コストパフォーマンスの高さを期待できるタワマンなど大規模集合住宅の供給を都心部でまだまだ推進していくことこそが求められる策であるはずです。

 高額物件にもかかわらずあえてゴージャスさやラグジュアリーな価値観を強調しない晴海フラッグのブランディング。そんな都心居住がニューノーマルとなる時代の旗頭を期待するとしたら楽観的に過ぎるでしょうか?

【プロフィール】秋月涼佑(あきづき・りょうすけ)

ブランドプロデューサー

大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら