【ローカリゼーションマップ】風評被害を招く感染拡大の背景分析 限られた異文化理解の適用は自戒が必要

 
イタリア・ローマの市街地では、新型コロナウイルスの感染拡大で、人通りはほとんどみられない(AP)

 本連載のタイトルにあるローカリゼーションマップの活動をはじめ、およそ10年がたつ。異なる地域の文化を少ない情報で如何に理解するか。特にビジネスを前進するために「この市場は、傾向をこう見立てれば良いはず」との確信をどう獲得するか、これをテーマの1つにしてきた。

 大規模な市場リサーチを実施するための資金的、時間的余裕が充分にないなかで、短期間で「方向を決めるための」確信をもつ必要がある。だが、それには少なくても3つの異なった事象から仮説をたてることを、ぼくは強調してきた。それで立体的な全体イメージがもてる、と。

 日本のビジネスパーソンに限っていえば、次の2つの点が弱みになりやすいと考えてきた。

 まず学校教育。例えば、欧州の小中高校での美術教育は実践よりも美術史の比重が高く、作品の時代背景や作品の意図を解釈することに重きをおく。そうすると欧州のビジネスパーソンが日本に旅行したとき、京都の博物館でみる工芸品と東京でみる工業製品の間に共通点を見いだそうとする。そして、その共通点を日本の文化の特徴だと理解する。しかし、日本のビジネスパーソンはこういう考え方にあまり馴れていない。だから全体像を描きにくい。これが1点だ。

 2点目は確信そのものを持ちにくい傾向がある。自分1人で考えてそれを主張することが苦手だが、もとはといえば、確信をもつこと自体に馴れていない。およそ確信は「好き」「美しい」「美味しい」といった何らかの個人的審美性に基づくことが多いが、日本のビジネス環境では、この審美性の発揮を抑える習慣がついている。

 以上のように考えてきたが、最近、説明を少々付け加える必要を感じている。

 この1カ月、イタリアにおける新型コロナウイルス感染に関する記事をかなり読んできた。イタリア語、英語、日本語の記事である。そこで気づいたのは、文化的な知識や経験、あるいはそこからくる勘を適用してはいけない場面で、それらを使っている記事がどの言語の場合でもあまりに多い。

 「中国人の移民が多いから、イタリアが欧州での発火点になった」は、他の欧州の中国からの移民の数を調べれば、これが充分な説明になっていないのが分かる。なぜ中国人がもっと多い英国やフランスが「先行国」にならなかったのか?

 「イタリア人は頬にキスをするから感染した」というのは、今や世界各地に感染した状況では、あまり説得力のない理由だ。1つの背景説明にはなるが、決定打にはなりえない。

 それなのに、こういう説明を、それなりに見識があるとみえる人が語っている。自分を早く納得させるために、使いやすい知識を援用して拡大解釈する。

 さらに指摘を加えれば、先月後半から今日(3月24日)までの感染者の8割近くは北イタリアに集中しているにも関わらず、OECDのデータにある国別の人口あたりのベッド数の比較で、イタリアの死亡者の多さの背景を想像しようとする。

 またイタリアの南北差を無視して書きながら、同時に米国では州別の分析の必要性を説く英国人の学者もいる。

 その一方、どこか特定の病院や医師のインタビューの一部を切り取って、「イタリア医療崩壊」のエビデンスを仕立て上げようとする。

 限られた状況での極めて乏しい情報で全体像をつくるのは、個人的なトレーニングとしては大いに歓迎すべきことだが、それなりに影響力があるメディアが多数の読者に向かって語りかけることではない。いや、「地獄への道は善意で舗装されている」との言葉に従えば、ソーシャルメディアのなかでの「善意」のつぶやきにも、それなりの自覚が求められるだろう。

 ストックホルム経済大学でイノベーション・リーダーシップを教える経営学者のロベルト・ベルガンティが、この数カ月、次のことを盛んに話している。

 「かつて、リーダーシップとはどんな状況にあっても『私は何でも知っている』という態度が主流だった。しかし、今は違う。未知の事態に『私には分からない』と最初に言うのが大事だ。そして『でも、これを知りたいとの好奇心が働くから、みんなで一緒に探索してみようよ』と語りかけるのが、求められるリーダーシップだ」

 ぼくは、今、このセリフを前述した「文化的知識や経験の不適切な適用」に結びつけて考える。

 新しいタイプのウイルスのことなのだから「分からない」が第一にくるはずなのに、「どうせ風邪みたいなものでしょう」で未知の部分を抑え込み、「たいしたことのないウイルス」に社会全体が振り回されるのは、なにか社会的な文化的な欠陥もあるのではないかと勘繰るわけだ。

 文化的な知識や勘は自分で行動を起こすときの確信に貢献するが、医療現場を第三者が分析をするためにはあまり役立たない、ということではないか。役立たないだけでなく、風評被害のもとにもなる。

 これが自戒もこめた、ローカリゼーションマップを使うにあたっての注意事項だ。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
Twitter:@anzaih
note:https://note.mu/anzaih
Instagram:@anzaih
ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。