【ローカリゼーションマップ】ミラノで隔離生活2カ月 「もう前向きになるしかない」時機が到来した

 
※画像はイメージです(Getty Images)

 どのような状況でもずっとネガティブに考えていると飽きがくるものだ。ぼくもミラノで隔離生活をおよそ2カ月続けてきて思うのは、この2~3週間、「いや応なしに前向きにならざるを得ない」というタイミングがやってきたと実感する。

 3月初旬の封鎖スタートの頃、ベランダでオペラのアリアを歌う姿が話題になった。ぼくも自宅で、そういう歌声を聴いた。この辛い時も明るく吹き飛ばそうとの気持ちの表れで、お互い励まし合うとの空気があった。

 ソーシャルメディア上でも同じだ。この隔離生活をいかに工夫して楽しんでいるかを他人に見せ、自らを鼓舞する雰囲気があった。

 言うまでもなく、それらはどれも底抜けにポジティブであったわけではない。自由に思いのままに動ける生活の方が良いに決まっている。

 一方、この静かになった街のなかで人との交流もあまりなく、何かに没頭する生活により充実感を得ている人もいる。それでもたまには外の空気を吸って散歩くらいは好きにしたいと思うだろう。だから隔離生活を満喫する人も自由に自宅の外に出られない環境自体を歓迎しているわけでもない。

 要は、強制的な隔離生活による静寂の日々にそれなりの価値を見いだすが、それは常に自主的な選択によって享受したいというのが願いだ。だが、普段の諸々の生活条件下では、その自由な選択が自分1人ではなかなか叶わないから、強制的であることを「密かに楽しみの弁解の一つ」にするわけである。

 4月最終週、春は十分に到来し初夏を思わせる暖かい日も多い。無性に外に出て走りたくても、もう少しの我慢が必要だ。5月4日から封鎖解除の第1段階がスタートするが、レストランやバールで食事ができるのには、まだ1カ月待たないといけない。床屋や美容院も同じ。ただ、散歩の距離は増やすことが可能だ。建設現場の騒音も聞こえてくるだろう。

 こういう時だから「前向き感」が表に出てくる。だからこそ、逆にベランダでオペラのアリアを歌う風景が減ってきたのではないかとも思う。あえて、ポジティブであるフリをする必要がない。

 単に気候のせいではない。長いトンネルの先に見える光のせいだけではない。冒頭に述べたように、ネガティブであることに飽きたのではないか。

 ネガティブなことを考えぬいたからこそ、腹が据わったという側面もあるかもしれない。考えることは、もう前向きでポジティブなことしか残っていない! とばかりに。

 昨年の今頃、パリのノートルダム寺院の火災について書いた。巨額の寄付金が数日のうちに集まったあの話だ。以下だ。

 「ぼくが気になるのは、巨額の寄付が即決過ぎないか、という点に尽きる。(中略)不幸中の幸いにして死亡者も出なかった大聖堂の火災である。もっと茫然自失とする時間があるのが自然ではないだろうか。そしてこの無残な大聖堂を前にさまざまに去来する想いを胸に、さらに日をおいて寄付を申し出るのが、あるべき時間の取り方ではないだろうか」

 なんらかの災難がふりかかったとき、無理に明るい表情を見せるよりも「淡々と落ち込む表情」をする方がいいのではないか。どうせ、人が生きるにある程度の嫌なこと、辛いことは定期便のようにやってくる。

 「また、こういうことが来るタイミングか」と、その状況をそっと受け取る。強烈に玉を打ち返すことばかりに神経を集中させるのではなく、実践としてやるべきことを黙ってこなしていくしかない。そうすると、考えるべきことを無理なく全うに考えることができる。

 そして、ある朝、目が覚めたときに「ああ、何か嬉しいことを考えたくなったなあ」と自然に思えるタイミングがやってくる。この時、素直にこの時機をもらうべくやってきた贈り物だと受け取るのがいい。

 きっと、ぼくの場合、この贈り物を受け取ったのが2~3週間前だったと思う。どの朝だったかははっきり覚えていないが…。

 この変化をはっきり意識したのは、周囲の人たちのソーシャルメディアでの投稿の内容を読んだからだ。

 「先のことが分からないから、どうプランを立てて良いか分からない」が、「先のことが分からないことがよく分かったから、こういう複数プランで前進しようと思う」へ移ってきたのだ。

 それらを読んで、ぼくと同じ気持ちだと確認できた。トレンドを読むメリットとは、こういうところにあるのかもしれない。トレンドに自分の姿が映り込んでいるのだ。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。