板がないかまぼこ? 四角に丸い焼き目「なんば焼」の魅力
一風変わった板なしかまぼこが和歌山県中部で綿々とつくられている。白い正方形で、真ん中に丸く大きな焼き目が入った「なんば焼(やき)」だ。老舗の製品は直径10センチを超え、弾力ある歯ざわりが特徴。かまぼこは板付きが定番で、板には水分を除くなどの役割があるが、なくてもおいしいかまぼこができるという。製造するのは十数業者のみ。県外にはあまり出回っていないが、独特の外観と味わいを愛する人は少なくない。(張英壽)
板付きは安土桃山から
全国の約600業者が加盟する日本かまぼこ協会によると、かまぼこに板がついたのは、安土桃山時代からとされる。板は、成形しやすいという利点のほか、蒸したり冷やしたりするときに、余分な水分を吸う効果もある。
板付き以前は現在のちくわのように棒にすり身を巻いて焼いた形で、植物の蒲(がま)の穂に似ており、蒲の穂が鉾(ほこ)のようだったため、蒲鉾(かまぼこ)と呼ばれるようになったという。
昭和50年発行の「かまぼこの歴史」(清水亘著)によると、古文書の「類聚雑要抄(るいじゅざつようしょう)」に、平安時代の1115年の祝宴に出されたかまぼこの図があり、串に巻かれたようなかまぼこが描かれている。
日本のかまぼこは地方ごとに特色ある製品がつくられているが、小田原かまぼこに代表されるように板かまぼこが一般的だ。板なしの製品はなんば焼のほか、仙台名物の笹かまぼこや、コンブを巻き込んだ富山県の巻きかまぼこなどがある。
製法は欧州から?
なんば焼は、和歌山県中南部の中心都市・田辺市と、周辺の白浜、みなべ、印南の3町だけでつくられており、製造しているのは12業者のみ。
このうち創業約150年で最も歴史が古い「たな梅本店」(田辺市)によると、なんば焼は、江戸時代の後半につくられるようになったという。漢字で書くと「南蛮焼」で、林智香子専務(62)は「南蛮(なんばん)と呼ばれたヨーロッパから製法が伝わったのかもしれない」と推測する。
正方形のなんば焼は上部がやや盛り上がり、真ん中に丸い茶色の焼き目が入っており、目玉焼きや四角いパンケーキのようにも見える。その独特の外観は製造過程と関係がある。板かまぼこは蒸してつくられるが、なんば焼は鉄板でじっくりと焼いていく。
現在のかまぼこ業界では魚の冷凍すり身を使うことが多いが、たな梅本店では、主に近海で取れたエソやグチを皮をそぐなどしてすり身にしている。そこに塩を加えて粘り気を出して成形し、鉄板の上で約40分間じっくりと焼く。すり身を盛るため上部はやや盛り上がり、ひっくり返したときに自然にその部分が焼け、これが真ん中の大きな焼き目になる。
さらにもう一度、ひっくり返して焼けば完成。大きさは直径約12センチ、厚さ約3センチ。弾力ある食感と自然な魚の甘さ、塩加減が絶妙だ。5代目の鈴木隆平社長(57)は「魚が持っている本来の味を生かしている」と胸を張る。
焼き目で覆い水分保つ
田辺市などの業者がつくるご当地かまぼことしては、すえひろや地紙(じがみ)と呼ばれる扇形の蒸しかまぼこも有名だ。ほかに魚の皮やゴボウを使ったごぼう巻もある。これらも板を使わない。水分を取る板がなくても大丈夫なのか。
なんば焼などを製造する昭和8年創業のマルサ(田辺市)の3代目社長、左海(さかい)伸和さん(50)は「なんば焼は焼くと、不要な水分が飛んでいく一方、焼き目で表面がコーティングされて必要な水分は逃げにくくなる」と説明。すえひろ・地紙については「蒸していく過程で、水分は湯気となって出ていく」とみる。ごぼう巻はそもそも使うすり身が少ないので、「そこまで水分を気にしなくていい」。
たな梅本店の林専務も「板を使わなくてもおいしいかまぼこはできる」と話す。ちなみに富山県の巻きかまぼこも、県蒲鉾水産加工業組合の担当者によると、「板の代わりにコンブが水分を吸収してくれる」という。
独特の味わいと外観が魅力のなんば焼だが、和歌山県外ではあまり流通していない。たな梅本店の県外卸先は大阪が中心で東京は少なく、ほかの地方はほとんどないという。県内のみに出荷する業者も多い。
林専務は「大阪では和歌山県に来たことがある人はある程度知っているが、関東では小田原かまぼこが強く、知名度は低い」という。ただ、「利益だけを追求するより、『ぜひ売ってみたい』というところに卸したい」とこだわりをみせる。