火星への扉が開くのは2年に一度の約1カ月間
この7月、火星探査機が各国から続々と打ち上げられています。20日にはアラブ首長国連邦(UAE)が初めて火星探査機「HOPE」を、三菱重工業製のH2Aロケットによって種子島宇宙センターから打ち上げました。24日には中国が「天問1号」の打ち上げに成功し、30日(米東部標準時)以降にはNASA(米航空宇宙局)により探査ローバー「パーセヴェランス」の打ち上げが予定されています。
これら3機の探査機がいっせいに火星に向かうのは、「打ち上げウィンドウ」がそのタイミングで約1カ月間だけ開いているからです。地球は太陽の周りを365日で公転し、火星はその外側を687日で公転していますが、その二星が近づき、最適な位置関係となったときにだけこのウィンドウが開きます。そのタイミングが2年に一度、この2020年7月なのです。
探査機はいつでも打ち上げることができるわけでなく、打ち上げ地点と軌道の位置関係に厳密な制約があり、それに則さなければ火星への軌道に乗せることはできません。わずかなタイミングのズレで火星への軌道は刻々と変わり、それはロケットや探査機の燃費に影響を与えるだけでなく、海上に投棄されるロケットの着水ポイントの制約も受けることになります。さらに、もし探査機が軌道上で太陽光パネルを使用するのであれば太陽との位置関係も重要になります。
ちなみにJAXA(宇宙航空研究開発機構)の探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」へ向かったときの打ち上げウィンドウは30秒間でした。
1トンを火星に送る=531トンを打ち上げる
今回NASAが打ち上げる火星探査ローバー「パーセヴェランス」は、コンパクトカー程度の大きさ(全長3m×全幅2.7m×全高2.2m)で、質量は1tを超えます(1025kg)。これを包んで運ぶ宇宙機、ロケット、ブースター、燃料をすべて合わせると計531tになります。ロケットが燃料の固まりだとすれば、1tの探査機を火星に送り届けるために、これだけの「力」が必要なのです。
【NASAによるパーセヴェランスの動作確認テスト】
圧倒的な速度…たった3分で宇宙空間に到達
地球の引力に逆らってモノを宇宙空間に浮かべるには、秒速7.9km以上という凄まじい初速度が必要となります。これを「第一宇宙速度」といいます。そこに到達するまでの打ち上げのシークエンスを見てみましょう。
以下は、今回使用するものと同じ「アトラスV 541」ロケットで2011年に打ち上げられた火星探査ローバー「キュリオシティ」のときのデータです。ローバーの質量は900kgであり、今回のパーセヴェランスよりも少々軽いのですが、ほぼ同等の流れになると予想されます。
- 【1】ロケットに点火されると1.1秒後に531tの物体が浮き上がる
- 【2】1分50秒で高度50kmに達し、マッハ4.3(秒速1.47km)を超え、完全燃焼したブースターが分離される
- 【3】3分40秒で高度120kmに達し、マッハ10(秒速3.4km)を超え、ロケットの先端の覆い(フェアリング)を分離、宇宙機がむき出しになる
- 【4】4分50秒で高度160kmに達し、マッハ16.3(秒速5.6km)を超え、燃料が空になった第一段ロケットが分離される
FAI(国際航空連盟)は高度100kmから上を「宇宙」と規定しているので、531tの重量物はわずか3分強で宇宙に到達することになります。さらに、急速に燃料を消費しながらブースターやロケットを切り離していくことで、打ち上げられた宇宙機はどんどん軽量となり、また高度が上がるにつれて大気が稀薄になって抵抗が減り、宇宙機は刻々と加速します。そして秒速7.9kmという信じられない速度に到達したとき、宇宙機は地球の引力を振り切り、地球周回軌道を周りはじめるのです。
ちなみに初速度を稼ぐために地球の自転速度も利用されます。つまり、地球は東に向かって秒速463m(赤道上)で自転しているので、それも初速度に上乗せするためにロケットは基本的に東に向かって打ち上げられるのです。
火星に向かうには、秒速11.2km以上の初速度が必要
無事に宇宙に到達した宇宙機は第一段ロケットを切り離したあと、いったん地球を周回する軌道に投入され、火星に向かうロケット噴射の準備に入ります。この一服しながら地球を周回する軌道のことをとくに「パーキング軌道」「待機軌道」と呼びます。以下で、その後のシークエンスをたどります。
- 【5】第二段ロケットが7分間噴射され、高度をさらに上げつつ、地球を周回する軌道(パーキング軌道)にとどまる
- 【6】打ち上げから約45分後、第二段ロケットも切り離され、地球周回軌道を離脱、火星へ向かう
地球を周回する軌道に乗るには第一宇宙速度(秒速7.9km)という初速度が必要ですが、その重量も振りきって地球から完全に離れるためには第二宇宙速度(秒速11.2km)まで速度を上げる必要があります。シークエンスの【5】で第二段ロケットが点火されるのはそのためです。これによって宇宙機は地球を離れ、今度は太陽を中心に周る「太陽周回軌道」に入ります。その噴射のタイミングと時間を厳密に計算して狙いをさだめれば、あとは放っておいても宇宙機は火星に到達することになります(実際には数回の軌道修正を実施しながら)。
火星に初めて到達したのは1965年7月14日
さて、月面にヒトが立った瞬間のことは世界中の人々が記憶していますが(1969年7月20日)、では、初めて人工物が火星に到達したのはいつかご存知でしょうか? それは1965年のことで、NASAの「マリナー4号」が実現しました。マリナー4号は火星の脇を通りすぎただけでしたが、その後、1971年には「マリナー9号」が火星周回軌道に乗り、そのわずか13日後には旧ソ連の「マルス2号」が着陸機の降下に失敗して地表に激突。これが火星地表に到達した最初の人工物となりました。なんとその5日後には「マルス3号」が着陸機の降下を成功させ、火星地表からデータを史上初めて送信したのです。1960年代の米ソは月だけでなく、火星探査においても熾烈な争いをしていたことがわかります。
火星到達の歴史
【NASA「マリナー4号」】
1965年7月14日、史上はじめて火星に到達し、近傍を通過(フライバイ)
【NASA「マリナー9号」】
1971年11月14日、史上はじめて火星の周回軌道投入に成功。表面撮影、大気分析を実施
【旧ソ連「マルス2号」】
1971年11月27日、ランダーが火星表面に激突
【旧ソ連「マルス3号」】
1971年12月2日、ランダーが火星地表への軟着陸に成功。20秒間データを送信
次回は、火星探査機がなんのために火星に送られるのか、なにを調査しているかをご紹介します。
【NASAが火星への打ち上げをライブ配信】
NASAは、パーセヴェランスを載せて火星へ向かうロケットの打ち上げをライブ配信します。
【宇宙開発のボラティリティ】は宇宙プロジェクトのニュース、次期スケジュール、歴史のほか、宇宙の基礎知識を解説するコラムです。50年代にはじまる米ソ宇宙開発競争から近年の成果まで、激動の宇宙プロジェクトのポイントをご紹介します。