ヘルスケア

脳卒中や筋力低下も 欧州で問題化する新型コロナ後遺症

 【エンタメよもやま話】さて、今回ご紹介するお話は、感染拡大に収束の兆しが全く見えない新型コロナウイルスに関するお話です。

 既に報道されているように、新型コロナに感染すると、息切れや激しい咳、高熱が続き、糖尿病といった持病を持っている人や高齢者は肺炎が急速に悪化。人工呼吸が必要となり、70歳以上の感染者では全体の約10%が数週間以内に命を落としているといいます。

 そんな恐ろしい新型コロナなのですが、実は肺炎だけでなく、脳卒中や神経の損傷、さらには致命的な脳の炎症といった神経系の合併症を引き起こす可能性があることが、英の研究グループの最近の調査結果で判明したのです。今回の本コラムでは、新型コロナのさらなる恐ろしさについてご説明いたします。

 7月8日付の米CNN(電子版)や翌9日付の米金融経済系ニュースサイト、ビジネスインサイダーなどが報じているのですが、英の名門、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の研究グループが7月8日発行の英の脳神経医学専門誌「ブレイン(脳)」で明らかにしました。

 研究グループは、今年の4月9日から5月15日にかけて、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン病院(UCLH)で治療を受けた、新型コロナウイルスの感染者と感染の疑いのある患者計43人について調査しました。年齢は16歳から85歳で、いずれも軽度から重度の症状が見られました。

 そして調査の結果、これらの患者の間で、一時的な脳機能障害とせん妄(意識障害が起こって頭が混乱した状態)の発症が10例あったほか、脳炎症12例、脳卒中8例、神経損傷8例をそれぞれ発見。

 さらに、脳に炎症が起きた患者のほとんどは、けいれんや意識障害、運動失調、四肢麻痺などを引き起こし、致命的な状態に陥ることもある「急性散在性脳脊髄炎(ADEM)」と診断されたのでした。

 ある55歳の女性患者(精神疾患の病歴なし)は退院の翌日、自宅でコートを脱いだり着たりを繰り返し、ライオンとサルの幻覚を見ました。また、他の患者は手足や顔のしびれをはじめ、1つの物が二重に見える「複視」、そして時間や方向感覚が失われる「失見当識(しっけんとうしき)」を発症しました。重度の患者1人は意識がほとんどなく、痛みにのみ反応しました。

 新型コロナの感染拡大以前だと、研究グループがADEMの患者を診察したのは1カ月に1人でしたが、今回、調査を行った4月から5月には、その患者数は少なくとも1週間に1人に急増していたといいます。

 研究グループの面々は、今回調査した患者の多くが、なぜ脳に関する合併症を発症しているのかさらに調査。その結果、新型コロナのウイルスは彼らの脳脊髄液から発見できず、ウイルスが直接、脳を攻撃していないことが分かりました。つまり、こうした脳に関する合併症はウイルス自体からではなく、患者の体の免疫メカニズムによって間接的に引き起こされている可能性が高まったのでした。

 今回の調査結果について、論文の筆頭著者のひとり、ロス・パターソン博士は発表資料の中で「新型コロナの発生から数カ月しか経っていないため、このウイルスが何をもたらす可能性があるかはまだ分からない」と前置きしたうえで「医師は早期診断によって患者の病状を改善できるため、新型コロナウイルスが起こす神経学的な影響を認識する必要がある」と指摘。

 研究グループに加わっていない英エクセター大学医学部のデビッド・ストレイン博士も、今回の調査結果を受け、7月8日に声明を発表。これまでの新型コロナの症例を鑑(かんが)みれば、今回の発見は重要ではあるが「驚くべきことではない」と明言したうえで「今回の調査結果では、これらの神経系の合併症がどのくらいの頻度で発生するかはっきり分からないが、新型コロナの患者の中には、運動のような身体的リハビリと脳のリハビリの両方を必要とする人がいることは確認済みで、新型コロナが脳に及ぼす影響についてもっと理解する必要がある」と訴えました。

 今回の調査結果の論文の主要執筆者のひとり、マイケル・ザンディ博士はUCLの発表資料で「新型コロナの感染拡大に関連する大規模な脳損傷の流行が今後、見られるかどうかははっきりしない」としながらも、新型コロナの感染拡大による潜在的かつ長期的な神経学的影響を解明するため、追跡調査が必要になるとの考えを示しました。

 欧米では、今回の調査結果を受け<医師たちは新型コロナによって引き起こされる深刻かつ潜在的な致命的脳障害の兆候を見逃している可能性がある>(7月8日付英紙ガーディアン電子版)との見方が広がっていますが、仮にこうした神経系の合併症などを発症せず、無事に退院しても大変な苦労が待ち受けているのです。

 7月19日付の米CNN(電子版)が詳しく報じていますが、欧州では、新型コロナの元患者たちが、退院後も、頭がもやもやする状態に陥る「ブレイン・フォグ」や疲労、息切れなどに苦しんでおり、クリニックやリハビリセンターで日々、リハビリに励んでいるというのです。

 例えば、イタリア人のプロのダイバー、エミリアーノ・ペスカローロさん(42)は3月、新型コロナに感染し、17日間、ジェノバの病院に入院。順調に回復し、4月に退院しました。

 ところが彼は、約3カ月たった今も呼吸困難に苦しめられています。「退院して家に戻りましたが、何週間経っても何の進歩も見られませんでした。少し散歩するだけでエベレストを登山しているような感じでした。誰かと会話しているだけでも息切れしました。とても不安でした」と彼はCNNに語りました。

 ペスカローロさんは現在、自分と同じように新型コロナの後遺症に苦しむ数十人の元患者と共にジェノバのクリニックでリハビリに励んでおり、回復の兆しが出始めているといいます。

 欧州の大部分の国々では、新型コロナの感染拡大のピークは過ぎ、病院が重篤なコロナ患者であふれるといった状況ではないものの、ペスカローロさんのように、退院後、数週間から数カ月を経ても、完全に回復せず、後遺症に苦しむ元患者の存在がクローズアップされています。

 実際、英では、ネット上に「long Covid(新型コロナの長期的影響)」というコミュニティーサイトが立ち上がり、元患者たちが自身の体験談などを投稿。さらに、欧州で新型コロナの感染拡大の影響が最も大きかった英と伊では、保健当局が新型コロナの元患者に対するリハビリサービスの提供を始めています。

 新型コロナが肺だけでなく、腎臓や肝臓、心臓、皮膚、消化器系をはじめ、脳神経系にも損傷を与える可能性が明らかになってきたため、こうした動きは各国でさらに活発化するとみられています。

 ペスカローロさんも協力したジェノバのリハビリ研究所の所長、ピエロ・クラバリオ博士の研究チームは5月以降、ジェノバの病院で治療を受けた数百人の新型コロナの元患者に連絡を取り、入院期間が3日以下という軽傷患者を含む55人を診察。うち8人は合併症もなく、その後のサポートも必要なかったのですが、クラバリオ博士はその他の元患者たちの驚くべき状況を前述のCNNにこう説明します。

 「全体の50%は心理的な問題を抱えており、15%はPTSD(心的外傷後ストレス障害)でした。そして、最も驚いたのは、ICU(集中治療室)で治療を受けていない軽症患者でさえ、非常に体が弱っていたことです。心臓や肺に問題が生じた形跡はありませんでしたが、彼らは階段を上がれませんでした」

 そして博士はこう付け加えました。「ほとんどの元患者は相当、筋力が落ちており、52歳の看護師の元患者は、そのせいで、回復後、職場に戻ることができませんでした。しかし、良かったことは、私たちのリハビリジムで一定期間、運動すると、ほとんどの元患者が効率的に回復したことです」

 新型コロナに関してはまだまだ分からないことが多いのですが、退院後も想像以上の苦しみが待ち構えていることを覚悟すべきなのは間違いありません。とにかく“感染しない、させない”ことを徹底しなければなりません。(岡田敏一)

 【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当を経て大阪文化部編集委員。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。産経ニュース( https://www.sankei.com/ )で【芸能考察】【エンタメよもやま話】など連載中。京都市在住。

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