宇宙開発のボラティリティ

熾烈化するサンプルリターン競争 宇宙は「観測」から「直接分析」の時代へ

鈴木喜生

 宇宙のカケラを直接的に分析し「謎」解明

 かつてないほどに宇宙開発が進化しているいま、宇宙は遠方から観測するだけでなく、直接的にアプローチして「分析」する時代へと移りつつあります。その手法のひとつが「サンプルリターン」です。地球以外の天体や宇宙空間から試料を持ち帰るサンプルリターンでは、宇宙のカケラを直接的に分析することによって宇宙や生命の謎を解明しようとします。近年ではそうしたミッションにおける世界各国の競争が激化しており、いま現在もサンプルを地球へデリバリーするために、3機の探査機が宇宙を航行しています。

【航行中のサンプルリターン探査機】

  • 2014年12月 「はやぶさ2」(日本) 小惑星リュウグウ探査機
  • 2016年9月 「オサイリス・レックス」(アメリカ) 小惑星ベンヌ探査機
  • 2020年7月 「パーセヴェランス」(アメリカ) 火星探査ローバー

※年月は打上日

 【JAXA「はやぶさ2」のタッチダウン映像】

 ▼12月には「はやぶさ2」が地球へ帰還

 史上はじめて小惑星からのサンプルリターンに成功した「はやぶさ」に続き、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が2014年に打ち上げたのがご存知「はやぶさ2」です。すでに小惑星リュウグウから離脱して地球に向けて航行中であり、地球へのカプセル投下は今年の12月6日に予定されています。

 ▼はやぶさ2へのコマンド到達時間は往復6分33秒

 JAXAのサイト「はや2NOW」では、世界各地に点在する6カ所の地上局とはやぶさ2との交信状況や現在方位、スラスターの噴射秒数や消費電力量などがリアルタイムで確認できます。また、画面下部に表れる地上局の「通信シミュレーターを開く」をタップして「CMD」を押すと、その地上局からはやぶさ2までのコマンドの到達時間が表示されます。執筆時に確認してみると、コマンドがはやぶさ2に到達して反応が返ってくるのに往復6分33秒かかりました。その所要時間は地球帰還が近づくにつれてどんどん短くなっています。

 ▼サンプル採取を練習中の「アメリカ版はやぶさ」

 NASA(アメリカ航空宇宙局)の「オサイリス・レックス(OSIRIS REx)」は、そのサンプル採取の手法が「はやぶさ」に似ていることから、「アメリカ版はやぶさ」とも呼ばれます。2018年にすでに小惑星ベンヌに到着しており、いまはその上空を周回しています。今月8月11日には高度40mまで降下し、「タッチ&ゴー」の練習を実施しました。地表まで降下してロボットアームによってサンプル採取に挑戦するのは10月20日であり、そのあとベンヌを離脱し、地球へのカプセル投下は2023年に予定されています。

 【NASA「オサイリス・レックス」のミッション・ダイジェスト】

 リュウグウの直径は約900m、ベンヌは約500mであり、どちらも太陽を中心にして地球と火星の間を周回しています。これらの小惑星は質量が軽いため大気を持ちません。そのため岩石などが風化しづらく、太陽系ができたころに近い状態で保存されていると考えられます。そうしたサンプルから太陽系の成り立ち、水の存在、有機物の起源が解明されることが期待されています。

 「ヒトは火星に滞在できるか?」を知るために

 NASAが公表した「アルテミス」計画では、2033年までにヒトを火星に立たせようとしていますが、それに先行して火星探査ローバー「パーセヴェランス」が7月30日に打ち上げられており、火星地表でサンプルを採取する予定です。いまNASAがそのサンプルを必要としているのは、火星環境の人体に対する影響や、火星で調達できる資源などを調べるためでもあります。

 パーセヴェランスはサンプルを試験管に入れ、そのまま地面に放置します。それを2026年に打ち上げが予定されているESA(欧州宇宙機関)のローバーが回収し、同じく2026年打ち上げ予定のNASAの探査機が受け取り、カプセルを火星周回軌道上へ打ち上げます。軌道上にはESAの探査機が待ち受けていて、そのサンプルをキャッチし、地球へ持ち帰るという計画です(関連記事)

 小惑星のリュウグウやベンヌの場合は質量が軽いので、その重力圏から離脱することは比較的容易ですが、火星からサンプルを持ち帰るにはカプセルを軌道上へ打ち上げる必要があり、こうした連携プレーとなるわけです。

 ▼JAXAも狙う「火星圏」のサンプルリターン

 パーセヴェランスと並行して、JAXAも火星圏からのサンプルリターンを計画しています。2024年に打ち上げを予定している「MMX」は、火星の衛星であるフォボス、またはダイモスに接地して、その試料を採取しようとしています。もしこれが計画どおりに進めば、NASAとESAが計画している2031年のサンプルリターンよりも早く、2029年には史上はじめて火星圏のサンプルが手に入ることになります。

 「月からのお土産」を巡る争奪戦

 中国は2019年1月、史上はじめて月の裏側に探査機「嫦娥(じょうが)4号」を着陸させることに成功しました。それに続く「嫦娥5号」の打ち上げが2020年度中に予定されていますが、そのミッションが「月」からのサンプルリターンです。 

 史上はじめてのサンプルリターンは、月面に降り立ったアポロ11号によって1969年に成し遂げられましたが、そのときのお土産の総重量は約22kgであり、アポロ17号に至っては約111kgの試料を持ち帰っています。米ワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館にはこうした「月の石」が展示されていて、実際に触ることもできます。

 また、アポロ11号の4カ月後には、アポロ12号が月面へ降り立ちましたが、それはアメリカの無人探査機「サーベイヤー3号」(1967年打上)の着陸地点のすぐ近くでした。そのためアポロ12号の船長ピート・コンラッドは、サーベイヤー3号まで歩いていき、そこに搭載されたカメラなどを回収し、地球へ持ち帰っています。今後、有人による月探査が活発になれば、こうした機材のリターンもさかんに行われるはずです。

 ▼アポロと同時期にソ連も成功していた

 旧ソビエト連邦は、有人での月探査においてはアメリカに後れを取りましたが、アポロ計画とまったく同時期に行われたルナ計画では、無人探査機による月からのサンプルリターンに成功しています。それはアポロ13号と14号の打ち上げの間、1970年9月のことで、「ルナ16号」が101gの月の土壌を地球へ持ち帰りました。ルナ16号のサンプル採取のメカニズムは驚異的であり、下の動画でそのシークエンスをみることができます。

 【旧ソ連の「ルナ16号」による月からのサンプルリターン】

 ▼確実視される「月の水」と宇宙滞在への期待

 これまでの各国の探査によって、月に氷があることが確実視されています。NASAの月探査機「クレメンタイン」(1994年打上、以下同)や「ディープ・インパクト」(2005年)などの調査では、月の極に氷があることを示唆され、インドの「チャンドラヤーン1号」(2008年)、NASAの「ルナー・リコネサンス・オービター」と「エルクロス」(ともに2009年)の調査でも、「月には水がある」との結論に至っています。

 NASAのアルテミス計画では、月面基地の建設も予定されていますが、もし月に氷や水があれば、ヒトが必要とする水分だけでなく、ロケットの酸化剤も現地調達できることになり、月面基地の建設予定地にも影響を与えます。サンプルを持ち帰るだけでなく、現地で調達し、宇宙滞在のために活用する計画の実行が、すぐ目前まで迫っているのです。

 【NASAのアルテミス計画】

エイ出版社の現役編集長。宇宙、科学技術、第二次大戦機、マクロ経済学などのムックや書籍をプロデュースしつつ自らも執筆。趣味は人工衛星観測。これまで手掛けた出版物に『これからはじまる宇宙プロジェクト』『これからはじまる科学技術プロジェクト』『零戦五二型 レストアの真実と全記録』『栄発動機取扱説明書 完全復刻版』『コロナショック後の株と世界経済の教科書』(すべてエイ出版社)など。

【宇宙開発のボラティリティ】は宇宙プロジェクトのニュース、次期スケジュール、歴史のほか、宇宙の基礎知識を解説するコラムです。50年代にはじまる米ソ宇宙開発競争から近年の成果まで、激動の宇宙プロジェクトのポイントをご紹介します。