宇宙開発のボラティリティ

E・マスク悲願の火星植民 「異常に速い」開発ペースの内幕

鈴木喜生

「火星植民」のための超大型宇宙船

 世の中には実現しない計画が数多くありますが、スペースXやテスラを率いるイーロン・マスクが目指す「火星入植」計画は、その実現に向けて着実に進行されています。8月4日に米テキサス州で行われた超大型宇宙船「スターシップ」の初テストフライトの成功は、「その日」が数年後に近づいていることを示唆しています。ここでは近年におけるスターシップの開発経緯をご紹介し、ハイペースで進められる打ち上げ試験の驚くべき仕組みを見ていきます。

 人類が火星へ行く手がかりとなる宇宙船がこのスターシップです。写真は、2019年9月に発表されたプロトモデル「Mk1」。ひと昔前のマンガに描かれたようなシルエットをしており、カーボンではなく、ステンレスでできています。

 スターシップが搭載するエンジンがこの「ラプター」です。1基あたりの推力は、NASA(アメリカ航空宇宙局)のアポロ宇宙船 を打ち上げた過去最大のロケット「サターンV」の「F-1」エンジンの約29%、スペースシャトルが搭載した「SSME」エンジンの88%。スターシップはこのラプター・エンジンを6基搭載する予定です。

 残念ながら先述のプロトモデルMk1は地上での圧力テストの最中に爆発しましたが、今年8月4日には、少々簡素化された同じくプロトタイプのSN5が初テストフライトに成功しています。これはラプター・エンジンを1基だけ搭載したテスト用モデルですが、上空150mまで上昇しました。

【スターシップの試験飛行(8月4日)】

宇宙船「スターシップ」+史上最大かつ最強のロケット

 しかし、このスターシップは、いわば「宇宙船」の部分でしかありません。つまり、ヒトや荷物を搭載するペイロード(積載物)の部分であり、その下部にはこれを軌道まで打ち上げる「スーパーヘビー」という、過去最大かつ最強パワーを持つロケットが接続されます。

 下イラストのいちばん右は、宇宙船「スターシップ」と超大型ロケット「スーパーヘビー」が一体となった姿であり、それが史上最大のローンチ・システムであることを示しています。そしてこのシステム全体の総称も「スターシップ」とされています。

 完成すれば史上最大となるスーパーヘビーは、ラプター・エンジンをなんと37基搭載する予定です。つまり、軌道まで上げるための推力は、スペースシャトルの総推力が3172万ニュートン、サターンVが3455万ニュートンであるのに対し、スーパーヘビーはそれ単体で7400万ニュートンものパワーを持つことになるのです。

月や火星への離着陸が可能

 打ち上げ用ロケットであるスーパーヘビーがエンジンを37基も搭載するのは、ペイロードを地球周回軌道まで運ぶためですが、宇宙船スターシップが強力なエンジンを6基搭載するのは、宇宙船自体のパワーで月や火星へ向かう軌道に乗るためです。また、そうした天体に軟着陸して再度上昇するためで、さらには地球への帰還時に、地上に垂直着陸するためでもあります。下記の映像をご覧いただければ、スターシップの運用シークエンスが理解できます。

 スペースXは、ペイロード切り離し後にロケットブースターや第一段ロケットをエンジン噴射によって地上に垂直着陸させ、再利用できるよう設計しています。

【スターシップのCGアニメーション】

「スターシップ」の基本スペック

▼宇宙船「スターシップ」+ロケット「スーパーヘビー」

全高 / 120m 直径 / 9m

▼宇宙船「スターシップ」

全高 / 50m 直径 / 9m

低軌道への積載能力 / 100トン、容積1100立方m

▼ロケット「スーパーヘビー」

全高 / 70m 直径 / 9m

スペースXに恐々とする世界の老舗ロケット・メーカー

 スペースX の再利用型ロケットは、老舗のロケット・メーカーをいま窮地に陥れています。

 現在、スペースXのロケット「ファルコン9」は世界でもっともハイペースで打ち上げられています。それは、ファルコン9の第1段ロケットや2本のブースターが、垂直着陸を前提とした完全再利用型であり、一回当たりの打ち上げコストが他社ロケットに比して格段に安いからです。そしてそのシステムは、スターシップ、スーパーヘビー、大型の「ファルコン・ヘビー」、そして今年5月に打ち上げに成功した有人宇宙船「クルー・ドラゴン」も同様です。

 これに対抗するため、ESA(欧州宇宙機関)は新型ロケット「アリアン6」を、JAXA(宇宙航空研究開発機構)は「H-3」を、ロッキードとボーイングの合併企業であり米国最大のロケット・メーカーであるULA(United Launch Alliance)は「バルカン」を、2020年から2021年にかけて打ち上げることを予定しています。これら新型ロケットのコンセプトの根幹にあるのが「より安く」であり、すべてはスペースX に対抗するためと言えます。

10月7日に火星へ最接近する「スターマン」

 こうした老舗の奮闘をよそ目に、スペースXは毎月のようにファルコン9を打ち上げ、その再利用を続けています。また、そのファルコン9の第一段ロケットを3基つなげた「ファルコン・ヘビー」のテスト打ち上げも2018年2月に成功しています。そのテスト機には、イーロン・マスク自身が実際に乗っていたテスラの「ロードスター」に、ダミー人形「スターマン」が搭乗していて、火星への軌道に投入され、今年10月7日には火星に最接近する予定です。つまり、数トンのペイロードを火星近傍へ送り込むことには、すでに成功しているのです(公表では火星への打ち上げ能力は最大16.8トン)。

 ウェブサイト「Where is Starman ?」(外部サイト)では「スターマン」の現在位置とその軌道が確認できます。

前澤氏が月へ行くのは2023年

 イーロン・マスクはスターシップの試験機に関して「SN 20号機あたりまで続くだろう」と述べていますが、その異常ともいえる開発ペースを考えれば、おそらく20号の打ち上げまでに2年はかからないと思われ、実際、2023年にはZOZO創設者の前澤友作氏をスターシップに乗せ、月周回旅行をする契約をしています。

 かつてない超大型のスターシップとスーパーヘビーが実用化されれば、現行のファルコン9とファルコン・ヘビーの運用を終了し、スターシップにすべてのタスクを担わせることで、その打ち上げコストは「初期モデルの『ファルコン1』さえ下回るだろう」とも発言しています。

 つまり、イーロン・マスクが次々とその夢を実現させているいま、ペイロード当たりの打ち上げコストは劇的に下がり続け、人類の月滞在、有人火星探査、さらには地球外天体への入植が、どんどん現実味を帯びてきているのです。

エイ出版社の現役編集長。宇宙、科学技術、第二次大戦機、マクロ経済学などのムックや書籍をプロデュースしつつ自らも執筆。趣味は人工衛星観測。これまで手掛けた出版物に『これからはじまる宇宙プロジェクト』『これからはじまる科学技術プロジェクト』『零戦五二型 レストアの真実と全記録』『栄発動機取扱説明書 完全復刻版』『コロナショック後の株と世界経済の教科書』(すべてエイ出版社)など。

【宇宙開発のボラティリティ】は宇宙プロジェクトのニュース、次期スケジュール、歴史のほか、宇宙の基礎知識を解説するコラムです。50年代にはじまる米ソ宇宙開発競争から近年の成果まで、激動の宇宙プロジェクトのポイントをご紹介します。