JAXAの「HTV-X」、月を周回する宇宙ステーションへ
JAXA(宇宙航空研究開発機構)が11年間にわたって運用してきたISS(国際宇宙ステーション)への無人補給機「こうのとり」(HTV)の任務が今年8月、9号機の大気圏再突入をもってすべて終了しました。こうのとりは、宇宙飛行士の生活に不可欠な食料や研究資材など多岐にわたる物資を運び、ISSの運用を支えました。
実はその後継機「HTV-X」の開発が進められており、すでに2021年度の初打ち上げが予定されています。このHTV-XではISSだけでなく、月を周回する新たな宇宙ステーションへの物資輸送も想定されているのです。
2023年に着工予定の宇宙ステーション「ゲートウェイ」
現在NASA(米航空宇宙局)では、月の軌道を周回する宇宙ステーションの建設を予定しています。それは月周回軌道プラットフォーム「ゲートウェイ」と呼ばれ、最初のモジュールを2023年末までに打ち上げると公表しており、JAXAもその建設に参画しています。2024年には有人宇宙船が打ち上げられてゲートウェイにドッキング。そこで月面着陸船に乗り換えて、人類は50年ぶりに月面に降り立つ予定です。こうした役割を果たすステーションへの物資輸送をHTV-Xが担うことになるのです。
搭載能力は「こうのとり」の1.46倍
こうのとりには酸素が満たされた与圧カーゴと、宇宙空間にさらされる曝露カーゴの2区画があり、曝露カーゴは本体中央区画にありました。しかし、新型のHTV-Xでは中央区画の曝露カーゴを撤廃し、本体頂部にさらに大型のカーゴを接続できる仕様となっています。これによってHTV-Xの総搭載能力は、こうのとりの1.46倍に増加。にもかかわらず、輸送機本体のサイズは小型化し、質量は3%軽量化されています。
こうのとりにはなかった与圧カーゴへの電源供給が可能となり、また、こうのとりのISSへの係留期間が最大45日だったのに対し、HTV-Xでは最長6カ月と4倍になっています。
HTV-Xの搭載能力は世界最大
HTV-Xの積載能力の高さは、他国が運用する無人補給機と比較すれば一目瞭然です。
米国の「シグナス」が3.75トン、「ドラゴン」が3.3トン、ロシアの「プログレス」が2.53トンなのに対し、HTV-Xは5.82トンと、圧倒的な搭載量を誇ります。HTV-Xと同様、2021年の初打ち上げが予定されている「ドリーム・チェイサー」は再利用型の無人補給機ですが、こちらも積載量においては5.5トンとHTV-Xにはおよびません。
ISS内では不可能な燃焼実験や、菌類などの実験も
既存の補給機はISSへの物資輸送が完了すると、不要なモノが積み込まれ、大気圏に再突入して燃え尽きます。しかし、HTV-Xはステーションから分離してから再突入するまでの間に、小型衛星の放出、ソーラーパネルやアンテナなど大型構造物の展開、低軌道での地球観測や、大気密度の濃い環境での実験にも活用される予定です。また、ステーション内では不可能な燃焼実験、菌類や有毒薬品を使用した実験なども検討されていています。
HTV-Xは 2021年度に初めて打ち上げられると、まずはISSに向けて運用されますが、1号機では大型機器の搭載能力、電源や通信の提供、飛行能力などの実証実験が行われ、2号機では自動ドッキング技術などがテストされます。こうのとりの場合は、ISSへ10mまで自動航行で近づくと、あとは人によるロボットアーム操作で捕獲されていましたが、HTV-Xでは、ドッキングに関するすべての行程が自動化されます。こうした機能の拡張や積載能力の増大によって、HTV-Xにおける運用コストは大幅にダウンすると考えられます。
HTV-Xを上げるH-3ロケット、全長は山手線3車両分
このHTV-Xを打ち上げるのが、JAXAと三菱重工業が開発中の液体燃料二段式ロケット「H-3」です。この全長67mの大型ロケットは、国産ロケットとしては過去最大の打ち上げ能力を誇ります。当初は2020年度中の初打ち上げが予定されていましたが、第一段に搭載される新型エンジンLE-9の開発に遅れが生じたため、2021年度中の初打ち上げに変更されています。
補給機の運用がいかに難しいかを体感
JAXAは宇宙補給機の運用の難しさを体験できるゲーム「HTV GO!(β版)」を公開しています。これは「こうのとり」を研究開発したスタッフが作成したゲームとのこと。ロケットによって低い軌道に投入される補給機は、ISSが周回する軌道まで高度を上げ、後方からアプローチしますが、ウェブブラウザ上でその行程を体感し、理解することが可能となっています。
【宇宙船(こうのとり)運用体験ゲーム】
【宇宙開発のボラティリティ】は宇宙プロジェクトのニュース、次期スケジュール、歴史のほか、宇宙の基礎知識を解説するコラムです。50年代にはじまる米ソ宇宙開発競争から近年の成果まで、激動の宇宙プロジェクトのポイントをご紹介します。