小林希 鼓動感じる屈指の湯治場 式根島(東京都新島村)
日本は温泉大国である。日本温泉総合研究所によると、国内には現在約3千の温泉地がある。かつて温泉評論家の野口冬人(ふゆと)氏が、全国の露天風呂番付で東の張出横綱(横綱とほぼ同格)に選んだのが、式根島(しきねじま)(東京新島村)の地鉈(じなた)温泉だ。
伊豆諸島の一つである式根島は、東京から南方約160キロの太平洋に浮かぶ周囲約12キロの小さな島。はるか昔に火山が噴火して、火山岩の一種である流紋岩(りゅうもんがん)で形成されている。「どこを掘っても温泉が出る」と地元の人はいう。
古来多くの人が湯治目的で来島し、昭和13年には歌人の与謝野晶子も訪れた。この際に<波かよう門をもちたる岩ありぬ式根無人の嶋なりしかば>との歌を詠み、海辺に記念碑が建てられている。
現在、島には24時間無料の3つの露天風呂と、有料の屋内温泉施設「憩(いこい)の家」がある。
露天風呂の地鉈温泉は、海岸に転がる流紋岩が湯つぼのようになっている野趣あふれる海中温泉だ。海底から湧く80度の源泉と、波によって流れ込む海水が混じり合い、ちょうどいい温度になると湯つぼにつかれる。まさに潮による湯加減を見定める必要がある。
足付(あしつき)温泉は松と岩礁の眺めが美しく、島内で唯一、無色透明な湯が湧くという。
松が下雅(みやび)湯は、人工的に温度調整されているので潮の干満を気にせずにいつでも入れる。観光客と地元の方々が、日がな温泉談義をしている光景はノスタルジック。「ここは内臓があたたまる、内科の湯だよ」と、おばあさんは自慢げに語る。泉質は、地鉈温泉と同様に硫化鉄泉で赤みがかり、鉄分が豊富だ。
地鉈温泉へ行く。山側から長い階段を下り、名前の由来にふさわしい鉈で割られたような岩山の間を抜けて、海岸の方へ出る。波が打ち上がる流紋岩の上には、ふわりと湯けむりが上がる。太平洋の荒波は絶え間なく湯つぼへ流れ込み、“いい潮加減”を確かめて体を浸す。
海の満ち引きと、海底から湧き上がる湯玉を見て、「地球は動いている」「島が生きている」と多幸感に包まれる。自分たちが暮らしを営む島国の大地が、人と同じように命ある存在であることを身に染みて感じるのだ。
■アクセス 東京・竹芝桟橋から大型船で約10時間、高速船で約3時間。静岡・下田港からフェリーで行くルートなどもある
■プロフィル 小林希(こばやし・のぞみ)昭和57年生まれ、東京都出身。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。1年後に帰国して、『恋する旅女、世界をゆく-29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマに執筆およびフォトグラファーとして活動している。これまで世界60カ国、日本の離島は100島をめぐった。令和元年、日本旅客船協会の船旅アンバサダーに就任。新著は『今こそもっと自由に、気軽に行きたい! 海外テーマ旅』(幻冬舎)。